若狭彦神社

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 昨日まで小浜に行ってきました。

 地方は素晴らしい。金太郎雨になってしまっている大都市と比べて、地方には歴史と文化と情緒があります。心がなごみます。

 以前にも書きましたが、小浜に「遠敷」という町があります。「おにゅう」と呼びます。平成二十四年六月十四日のブログに書いてありますので、右下の月別アーカイブでご確認ください。

 遠敷をなぜこう呼ぶのかもここに書いてありますが、別に「遠くまで黄金を敷き詰めた、秋の実りの豊かな土地」という意味もあるそうです。

 ここに若狭一宮神社があります。
 正式名称

若狭國一宮若狭彦神社上社
若狭國一宮若狭彦神社下社

です。二社あります。地元では上社を「彦神社」、下社を「姫神社」と呼んでいます。

 なんとまあ、この神社、神武天皇のお祖父さん、お祖母さんです。

 海幸彦、山幸彦の話は知っていますよね? えっ?知らない? 日本人なら当然知ってください。こんなことも知らないで、國のことをあれこれ言わないことです。國籍だけ日本人にならないようにしましょう。

 いろいろないきさつがあって、山幸彦が天下を治めることになります。彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)です。天下取りに力を貸してくれた海を支配する一族からお嫁さんをもらいます。この人が豊玉姫命(トヨタマビメノミコト)です。

 お産の時、「絶対にお産をのぞかないでくださいね」と豊玉姫命がお願いしていたにもかかわらず、彦火火出見尊は覗いてしまいます。するとサメがお産をしていました。覗かれてしまった豊玉姫命は、赤ちゃんをおいて、海に帰ってしまいます。でも、赤ちゃんのことが心配なので、自分の妹を乳母として送り込みます。赤ちゃんは大きくなってその乳母と結婚します。

 お生まれになったのが、神武天皇です。

 この話は、男性は、女性が一人の所(寝室やお産)を覗いてはいけないという祖先の遺言です。なのに、現代は、夫婦の寝室がダブルベッドになったり(これはまだしかたがないとして)、奥さんのお産に立ち会うなどという愚かなことをしてしまっています。世の中がおかしくなるはずです。

 それはいいとして、こんな素敵な神話が眠る土地です。我が國は美しい。

みな人の 直き心ぞ そのままに 神の神にて 神の神なり

 宇多天皇の御子 敦実親王の御歌です。

 これは私の拙首です。

神々が 降りるこの地の 千代八千代 千年杉が かわらずたたずむ

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このページは、宝徳 健が2013年9月26日 07:44に書いたブログ記事です。

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