前に勤めていた出光興産㈱の秘書室の方が、毎囘、出光美術館のチケットを送つてくださいます。出光美術館は、日本最大のコレクションです。

 八月十七日から 七十二候 立秋 末候 「蒙霧升降」です。 「ふかきりまとふ」と讀みます。

 森や水邊に白く深い霧がたちこめる頃です。朝夕のひんやりとした心地よい空氣の中に、深い霧が幻想的な風景をつくりだすことです今年は別として(笑)。

 魏徴の諫言がまだまだ続きます。貞観政要のクライマックスですね(20100221)。
 おもしろいですね~。いくら親父が熱く語っても、あの國賊朝日新聞がこんな意見を聞くはずがありまsん(爆笑)。だつて、日本がかつて、良い國だつたことを認めてしまふんですもの。まあ、それでも、かういふことをするのが、親父らしいですね~。
 
 さて、今囘から、

KANO1931海の向こうの甲子園

を親父が語ります。
 この記事から明日のルーティンです。

  光源氏と朧月夜が逢瀬を重ねてゐます。ある日、朧月夜は體調が惡くなつてしいまひました。それでも光源氏は、朧月夜のもとを訪ねます。その密會の最中、嵐が來ました。嵐がやんだところで、朧月夜の父、そして、光源氏の政敵 右大臣が朧月夜のところに來ます(20171003)。
 あれっ?昨日、この記事は書いてゐないや。

 私もサラリーマンの役職經驗者であることを冒頭に申し述べておきます。

 數か月前あるセミナーの講師をしました。私の他にも三人の講師がいました。

 それぞれのセミナーが終はつて、パネルディスカッションがありました。そこで、あらかた受講生からの質問が終はつたあとに、セミナー主催者からこんな質問がありました。

 「部下が思ふやうに動かないときはどうすればいいのです?」

 それぞれの講師がまあ、當たりさはりのない答えを。最後に私の番です。

 「部下が動かないのは、部下の席にではなく、上司の責任です。そこから話さないとこの質問は意味がありません。では、軍隊で、『部下が動かなかったから戰闘に敗けました』と云ひますか? リーダーとはいかなる状況でもチームを勝利に結びつける人間です」と。
 
 それ以來、この團體からは、セミナーのお誘いはありません(爆笑)。

嘘をつかない
言ひ譯をしない
人の責任にしない

 自衛隊の在り方です。民間人は甘いですね。

 だから、彼らは、安易に部下を褒めることはしません。これを私は最近忘れていたよな~。コンサルと云ふのは、クライアントの職場のリーダーにはなかなかなれません。なってはいけないシーンも多々あります。けれども、コンサルなりのリーダーシップの發揮の仕方はあります。これが、恐らく私のコンサルとしての最終局面になるのでせう。

 リーダーシップテキスト。創ります。

 さて、十七歳の寳德君はどうですかね? 繰り返しますが、書いてゐてとても恥づかしい。
(皇紀弐千六百七十五年九月十一日)→書いているのは九月十日。書いている内容は九月七日です。三年前の心臓バイパス手術の時の闘病日誌を振り返ってゐます。

 關東では大變なことになつてゐます。被害に遭われた方々に御見舞ひ申し上げますと共に、亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します。また、自衞隊員、警察、消防、海上保安官の自分の命も顧みない活動に敬意を表します。

 自衞隊員のリスクなどと、叫んでいる安全保守法案反對者は、なぜ、かういふときにもつと、彼らに對して敬意を拂はないのか。

 され、九月七日です。たくさんの方々がお見舞いに來てくださいました。あっ、さうだ。忘れてました。九月二日の入院の日にHYTさんも來てくださひました。申し訳ございません。この時に少彦神社の數珠をいただきました。少彦(すくなびこ)は、病氣を治す神様です。古事記にも出てきます。
 八月七日 入院三日目 手術二日目です。

 軆體が慣れない。これがすべてです。看護婦・師さんが優しい。「寳德さん、私のこと覺へてゐます?」と何人かが。さうです、昨年十一月に交通事故で入院したのと同じ病棟です。知ってゐる人がたくさん。

 まだ、午前中はまだ、排尿の管がついてゐたので、自分で歩くことが出来ません。午前中の遅い時間にとっていただけました。朝ごはんは食べったけなあ?

 午前中に、形成外科の先生が數人こられました。形成外科は、入院期間中毎日、午前中、若い先生が數人、午後から、大好きな美熟女(笑)I先生(と、時々もう1人)が來てくださいました。
 このブログで「再」といふ字がタイトルにあるのは過去の記事です。一時、壊れた時期もありましたが、平成十七年(2005年)から書き續けてゐるので過去記事をみなさんに紹介してゐます)。

 初心を忘れた太宗に対する魏徴の諫言が続きます(20100220)。
 今年九十一歳の父が、定期的に手紙を送っていきます。自分が生きた証を私たちに傳へやうと。それを私はこのブログに「遺して」ゐます。

 父が、朝日新聞に甲子園百囘大會への提言をしてゐます。あの朝日が聞くはずがない内容ですが、本当に「祖國」を愛してゐたら當然の内容です。 今日は、朝日新聞にに送った手紙です。次囘から、KANOの内容です。
 右大臣家の娘であり、東宮の後宮に入つてゐる女御でもある朧月夜との密會を再開した光源氏です。東宮(皇太子)つて、光源氏と藤壺の間に産まれた子だよね(笑)?(20170928)

 あるとき、朧月夜が體調を崩し、右大臣家に里帰りをしました。なんと、光源氏は、そこに足繁く通いはじめたのです。なんつう大胆な。
 この記事から明日のルーティンです。

 天皇陛下最後の敗戰屈辱日でした。私たちは、平成の御代に、陛下を英霊たちのところへお連れすることが出來ませんでした(靖国參拝)。これが國民としてどれだけ恥づかしいことかを自覺してゐる國民がどれだけゐるんだらふか?

國民主權:偉そうにこの言葉を叫ぶなら、きちんと國政に責任を持つ必要があります。本來の意味は、國家を轉覆してよい權利を國民は持ってゐるといふとんでもない意味です。我が國には、本來、權利・義務發想はありませんでした。邪教 日本國憲法「典」が無茶苦茶にしてくれました。

基本的人權:本來の意味は、「人を殺してもよい權利」です。みてください。平氣で人を殺す世の中になつてしまひました。

平和主義:自分だけ傷つかなければそれでいいといふ、國家破壊思想です。十四歳の女の子が不埒な國に拉致されても、國民に助ける意志もありません。國を護ってくれた英霊たちに對する敬慕の念もありません。

 他國では、普通「國」と自國を表現します。「國家」といふ表現は日本だけです。だから何千年も續いてゐるのです。陛下を中心とした家だつたのです。なのに、英霊たちのところに陛下をお連れすることもできない國民になりさがってしまひました。

 家で例へるなら、息子が死んだのに、親に墓參りに行くなといふことと同じことです。
(皇紀弐千六百七十五年九月十日)→書いているのは九月十日。書いている内容は九月六日です。三年前の心臓バイパス手術の時の闘病日誌を振り返ってゐます。

 殘念~~~、昨日の術後カテーテル檢査結果がすこぶる良好なら今週中にでも退院できるかもと云ふ淡い望みがあつたのに~。先生の「もう少し様子を見ませうね」の一言で粉々に打ち砕かれました。まあ、正常に考へたらさうですね。入院10日、術後8日程度で、四枝の心臓バイパス手術が退院できるはずがありません(笑)。寳德、お前は醫者じゃない!勝手に決めるなつうの。まう少し、美しい看護婦さんたちを樂しみますか。この病院の看護婦さんたちはみんな笑顔が素敵です。若い頃なら惚れていたかも。昨日は、カテーテルを午前中にやつたので、昼食の時は寢たきりになりました。ご飯を食べることができません。どうしやうかなあ、と思つてゐたら、看護婦さんが、茶碗のご飯をおにぎりにし、手渡してくれ、おかずは、食べさせてくれました。人生で、母以外の女性にご飯を食べさせてもらふのは二人目です。こっぱずかしいことこの上ありません。最初「いや、自分で食べますから」と言ったら、「いいから早く食べて。忙しいんだから(笑)」と云はれました。

 それにしても、カテーテル檢査はしんどい。足から入れるときのあの違和感。終はつた後、4時間~5時間にわたり、足を縛られ同じ姿勢を維持しながら寢るときの苦痛。その後のほぼ一日にわたる點滴。でも、しかたがないですね。病氣は必然です。自分が生きてきた結果さうなつてゐます。受け容れるしかない。

 さて、九月六日です(昨日は三日と書いてしまひました)。CCUから一般病棟に移ります。

CCU:coronary care unit:冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)を管理する集中治療室のこと
HCU:
high care unit:高度治療室。ICU(集中治療室)と一般病棟の中間に位置する病棟で、ICUよりもやや重篤度の低い患者を受け入れる治療施設
 手術が終はりました。私は、全軆麻酔をうけてゐマスから、何も覺へてゐません。あとで、かみさんに聞いたら、まず、形成外科のI先生が手術の説明にいらしたさうです。かなりの美熟女。大ファンです(笑)。腕も一流。事故後のあのひどい私の顔を治したのはこの方です。性格も難波のおばちゃん(I先生、失礼)らしくサバサバしてゐます(笑)。

 手術は成功とのこと。

 後は口腔外科。
 唐の太宗が行った理想の政治とされる「貞観政要」を紹介しています。徳川家康、北条政子も読んだといわれています(20100219)。

 初心を忘れた太宗に対する魏徴の命がけの諫言が続きます。
 お願いだから

ありがとございました
おめでとございました

間違った日本語をやめませう。

 お禮を言ってゐるのが過去の出來事でも、お禮を言ってゐるのは「今」だから、「ありがとうございます」です。
 祝ってゐるのが過去のことでも、「今」祝つてゐるので「おめでとうございます」です。

 言霊の幸はふ國 日本。美しい言葉を交換するからみんなが幸せになる國です。
 また今年も來ました。この日が近づくと、「戰爭の記憶といひます」「なんか、あの戰爭が政府の責任のやうな表現が横行します」。はだしのゲンなど、まさにさうですね。メディアがまたあの漫画を持ち上げています。

 敗戰の責任は政府の責任です。戰爭の責任と敗戰の責任は全く違ひます。どうちがうか。では、みなさんの大好きな「國民主權」はどうなるのですか?あなたたちが、選んだ人が、戰爭をして負けたのでせう?だとしたら國民の責任です。なのに、あの大東亞戰爭(お願いだから太平洋戰爭といはないでください。そんな名称はありませんでした。それこそ歴史修正主義です)の敗戰に對して最も責任がある近衛文麿と山本五十六を美化してゐます。信じられません。

 元々觀ないTVをこの時期はさらに觀なくなります。

 昭和天皇は、終戰の詔勅で「敗けた」なんて仰ってゐません。アメリカに對して「このバカヤロー」と仰ってゐます。ただし、ここで一旦引いておかないと民族が滅ぶから「耐へたがきを耐へ、忍び難きを忍び」と仰ってゐます。毎年、ブログに掲載してゐます。終戰の詔勅です。

 安岡正篤先生が、この詔勅の一部は政府の人間が勝手に書き替えたとある本で仰ってゐます。でも、陛下のお言葉です。眼光紙背に徹せよ。日本人。そろそろ目を覺ませ。日本人。アカに騙されるな日本人。
 
 繰り返し繰り返し讀めば意味は分かります。日本人であれば。
 今の教育に欠けてゐるのもののひとつに「教養」があります。今の日本で俗に云はれてゐるエリートは、ただ知識と金と地位がある人のことを言つてゐるだけです。本来のエリートではありません(20170927)。

 明治時代となり、洋行がブームとなりました。ほんの少し歐米に行つただけで歸つてきたら偉さうにする奴らがいました。そいつらが作つたのが東大法學部です。そして、官僚を作り、昭和になつてから、その官僚たちが國家を破壊しました。軍もしかり。官立教育はせいぜい義務教育までで充分です。

 明治初期の男たちは、武士でした。彼らは國家を常に頭においてゐました。そしてその男たちを支える女性たちの婦道。どんな仕事についていても、どんなに収入があつても、「天下國家」を考へてゐない連中はリーダーとは呼べません。

 逆に、たとえば(表現は惡いですが)道端のごみを拾つて生計を立てていても、天下國家のためにやつてゐれば、その人はリーダーです。眞のエリートです。

 「教養」と「リーダーシップ」が今の教育で圧倒的に抜けてゐるものです。

 古典は、教養を磨くのに最適な教材です。ひさしぶりの源氏物語です。

 藤壺が突然、「出家します」と云ひだしたところまででした
 この記事から明日のルーティンです。
 
 新しい父からの手紙です。まだまだ、このブログで紹介するの手紙はたくあります。追いつきません。

 軆體(しんたい)髪膚(はつぷ)これを父母に受く、あへて毀傷(きしょう)せざあるは考の始めなり。

 支那の古典孝經の言葉です。「親からもらつた軆體だから、それを傷つけないのが親孝行のスタートである」です。

 だから、女性がピアスをしたりするのは人間の生きる道にはずれてゐます。

 なんて・・・・。私はなんでせうか。手術だらけ。親不孝にもほどがあります。妹から聞きました。交通事故に遭った時、父は、日に何度となく佛壇に向かって、母に、「健を助けてくれ」と禱つてゐたさうです。

 親だけではありません。家族にもクライアントにも・・・。遭遇したことに對して、得たことを返さなくてはなりません。

 特に、かみさんですね。私の後半戰は、彼女を幸せにすることに集中します。私は、結婚してからまだ彼女を幸せにしてゐない。

 さて、父の新しい手紙。タイムリーな話題です。 この話をわかる日本人を創る教育が必要です。日本史の中に、朝鮮・台湾が日本だった歴史がない。満洲も。おかしいですよね。


 今日は、もうひとつだけ。

 NHKが、「ノモンハン事件」の番組をやるさうです。それも我が國の敗北として。

 冗談ではありません。自虐觀歴史です。ソ連崩壊後、秘密資料が溢れるやうに出てきて、あれはソ連側の大敗といふ事實がもう何十年前に明らかになつてゐます。

 それを待たなくてもノモンハンが我が國の圧勝であつたことなど、すでに明らかでした。ソ連(ロシア)は負ける喧嘩は絶對にしません。我が國の敗戰がかなり明確になつたときでも、スターリンはビビッて我が國を責めることが出来ませんでした。

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