今日のブログはこれで打ち止めです。今から、とても重要な仕事が途中です。午前中までに仕上げます。

 これを書いたらあと▲15通で年間目標達成ペースに追い付きます。明日は17通書きます。讀者がそんなに讀めないか(笑)。まあ、このブログはしょせん私のわがままで成り立つてゐます。お付き合ひください。

 我が福髙高校は、とても面白い學校でした。先生が、未熟な生徒を大人扱いする。生徒はそれを自覺する。甘えを許さないのではなく、甘えから出てくる結果を生徒自軀に責任を負わせる。

 まさにネガティブリストなんです。あんなことが髙校で實現するなんて、いまだに信じられません。

 自覺・自律・自立。人間が生きる基礎力です。それをわからずやたらマネジメントしたがる經營が横行してゐるから經濟がおかしくなります。

 私は、髙校時代、有機化學が大好きでした(實は、理系だつた:笑)。有機化合物の構造式を書くのが大好きでした。化學の先生は、確か小林先生。普通の教科書なんて無視です。自作の教科書。私は今でも、その自作の教科書を持つてゐます。

 ナイロン6-6の構造式を自分で書いたときなど、感動で軀が震えました。とにかく大人の教育。

 今の日本の教育は、國も企業も子供を育ててゐます。

 小學:世間に出ても恥ずかしくない教育を施す。
 大學:大人の教育を施す。
 中學:矛盾する事柄を処理する考へ方を持つ

 かつての我が國の教育です。それを、福髙高校は、自然とやつてゐました。すばらしい。

 西日本新聞に連載されてゐる記事「福髙讃歌」をお樂しみください。

 八犬傳や宇佐美の親父の記事を再掲しやうと思つて、過去の自分のブログを検索していたら、私、結構よい記事を書いてゐますね~。戰國策、六韜三略、支那の古典・・・・・。今の讀者の方が讀まれていない記事もありますので、どんどん再掲していきますね。ブログを書き始めて今年で十二年になるんだ~。

 閑話休題(このことば氣に入りました:笑)。大塚に所領をもっていたのになぜ、番作は犬塚かというところからでした。
 今囘は犬塚番作と手束(たつか)(犬塚信乃の両親)のなれそめですね。

「南総里見八犬伝 NHK人形劇 写真」の画像検索結果

 目標達成ペース挽囘のために少しずるをさせてくださいね。今日は、八犬傳を三つ書きます。平成二十一年十一月二十七日の記事です。

 今日は番作と手束の馴れ初めの話をする予定でしたね。
 でもその前にちょっと、理解促進のために当時の時代背景を説明します。
 びびりながら書いてゐます。さぼったから目標達成ペースにおいつかないかもしれない。悲しい。これから膨大な仕事が待つてゐます。

 閑話休題。大切にしていゐた數珠ブレスレットが、壊れてしまひました。それも3つも。パーンつて紐が切れて珠がはじけたんです。


 これは奈良の東大寺で賈つたとてもよい數珠です。


 

 これは入院した時にHYTさんにいただいた、少彦名神社の病氣平癒の數珠です。


 

  これは先日辞めたスタッフが、これまた入院の時に飛騨高山で賈つてきてくれた數珠です。

 なんと三つとも同時期に・・・・。天が何かを告げてゐます。

パラパラと 舞ひ落ちる珠 床に散る 心の甘さを 散らされるやう

 それが・・・
 ふ~、すつかりブログをさぼつてしまひました。

 今日まで、七十二候 小満 次候 紅花榮です。「べにばなさかふ」と讀みます。あたり一面に紅花が咲く頃です。紅花は古代エジプト時代から染料として利用されてゐました。花びらの水に溶ける黄色の色素と、水に溶けない赤の色素から、紅色がつくられます。

 そして、明日から、小満 末候 麦秋至です。「むぎのときいたる」です。

 麦が熟し、たつぷりと金色の穂をつける頃です。百穀が成熟する、麦にとつての「秋」です。この時期に穂を揺らしながら吹き渡る風を麦嵐、また降る雨を麦雨と呼びます。
 これを書いたら▲16です。今日はこれで打ち止め。仕事を強力に進めます。

 またまた福岡の友達が、西日本新聞に掲載されてゐる福髙讃歌の記事を送ってくれました。

 舊制中學から新制髙校になつたのは、昭和二十三年(1948年)ですから、この記事に載つてゐる、昭和二十ニ年(1947年)のラグビー全國優勝は、まだ舊制中學ですね。

 福髙で傳統的に強いのが、ラグビー、硬式テニス、バスケです。どの部も全國優勝の經驗があります。

 この時代の解説は私には無理なので、記事をお讀みください。
 昨日家に歸つたら親父から手紙がきてゐました。若いころの寫眞の解説がありました。解説はゆつくりするとして、十八歳の親父をご覧ください。


 今囘は弥永君です。雨が多い季節ですね~。寒風地獄とはなんだつたつけなあ。灼熱地獄もあつたのかなあ? どんな練習? 竹刀なんか持つていたかなあ(汗)。鬼じゃん(涙)。
 これを書くと▲19です。

 急に暑くなつてきましたね。立夏を過ぎて、小満ですものね。夏になると思ひ出します。ガソリンスタンドには、當然電灯があります。夏になるとそこに虫が集まつてうつとおしくて仕方がありません。ある夏、親父さんと一緒に夜ある宇佐美のSSに行きました。
 いよいよ、八犬士が次々と登場します。登場するといっても、ひとりひとりの物語が長いのです。今回から、突然、話が、伏姫と八房から、まったく関係がない内容に飛んでしまいます。ひとりを読み進んで行くうちに、「あ~、なるほど」というのが南総里見八犬伝の面白さです。そして、次も読みたくなる。

 私は、やはり最初に出てくる犬塚信乃(いぬづかしの)が大好きです。犬塚信乃戌孝(いぬづかしのもりたか)。
「犬塚信乃戍孝」の画像検索結果


 ロジャー・ムーアさんが亡くなりましたね。私たちの世代は、アメリカ全土を擧げたプロパガンダ戰略に騙されてゐました。ハリウッド映画を崇拝し、なんかわけのわからない音樂を聞かされ、やたら、音階だけたかい、表音文字の英語をありがたがりました。

 私もその中の一人です(笑)。 その中のその中に、「007」がありました。

 ショーン・コネリー。たまりませんね。この人の眞似をしたくてバーに行き「マティニィ ベリードライ」と注文してバーテンダーに笑われたものです。

「ショーン・コネリー ポスター」の画像検索結果

 これを書いたら▲20です。そして、今月のブログが101通になりました。平成十七年(2005年)九月に書き始めてからの新記録です。やりゃあ、できるじゃん。

白雲の よそに求むな 世の人の まことのみちぞ しきしまのみち

さまざまの 世のたしなみも ことのはの みちのうへには たつものぞなき

 両首とも、明治天皇の御製です。

 今日は、天智天皇と大海人皇子の話から少し離れて、聖德太子の話を。
 これを書いたら▲21です。

 今年九十歳になる父が、自分の人生を振り返つてゐます。子供の私でも知らないことばかり。それに面白い。金亨貞さんとの手紙のやり取りです。金さんは、台風を颱風と書いていらっしゃる。すごいですね。注記は父です。
 これを書くと▲22です。

 宇佐美の親父、第八弾です。

 宇佐美のSSは、それぞれ個性があるのですが、ある部分ではきちつと意識が統一されていゐます。當時3000人からいる社員にどうやつてこの意識統一をするかを宇佐美氏に尋ねたことがありました。
 これを書くと▲23です。

 伏姫の月経がとまりました。って、ところからでしたね。

 さあ、八犬傳の本番に突入していきます。仁義禮智忠信孝悌。伏姫のおなかから出て行った八つの珠が大活躍。これが八犬傳です。もう、面白いのなんの。

「八犬伝 八つの玉 イラスト」の画像検索結果

「NHK 八犬伝 人形劇 写真」の画像検索結果

 私たちの子供のころ、NHKでやつてゐた里見八犬傳の人形劇です。同年代の人はたまらないでせう(笑)。
 五月二十日~五月二十六日、つまり、今は、七十二候 小満 初候 蚕起食桑です。「かいこおきてくわをはむ」と讀みます。

 蚕が、桑の葉をたくさん食べて成長する頃です。人々の暮らしを支えていたため、「おかいこさま」と敬称をつけて呼ぶ地方もありました。

 私たちが子供のころは、養蚕はとても軆近なものでした。
 この日もまた寺田君です。なんかわけのわからない内容です(笑)。
 これを書けばあと▲24です。

 戰爭における勝利は、計画の巧みなるより、實施において意志強固なるものに歸す。
 これを書けばあと▲25です。

 物語は第十帖に入ります。タイトルは「賢木(さかき)」です。

 まずはもうおなじみの六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)です。くれも繰り返しますが、六条御息所は、桐壺帝の弟がまだ東宮であつたころ入内して娘をまうけ、皇后になつたかもしれない人なのです。

 出自は申し分ありません。教養も、器量も、たしなみも。どれも優れていて文句のつけようがありません。

 でも、東宮が早世して寡婦となりました。

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