今回は、「蛇足」です。昔、中学の国語の教科書に載っていましたよね。
 犬塚信乃、犬飼現八、犬田小文吾、そして、助け出された額蔵こと、犬川荘助の四犬士が百数十人の兵隊に取り囲まれて万事休すの状態になったところまででした。

仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵


忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
 まずはお詫び。ブログであんなに偉さうに言つたのに、十月の私のディフェンスはガタガタでした。年内あと2か月。立て直します。申し訳ございません。

 動画でほんの少しスクール・ウォーズを観ました。山下真司、いいですね~。あと岡田奈々。きれいですね~。ドラマの中で山下真司と岡田奈々が刃ハグをするシーンが。いいな~(笑)。

 このドラマは言はずとしれた、泣き虫先生こと 山口先生の物語です。荒れに荒れてゐた伏見工業高校をラグビーを通して立て直していく内容です。

 そこには、平尾誠二が平山誠と云ふ名前で出てきます。

 昨年十月二十日に亡くなった故平尾誠二は、本当に素晴らしい人間ですね。今、彼の著作を読み返してゐます。iPS細胞の山中先生との對談(平尾さんの奥様 惠子さんも)の「友情」これはいいですね~。

友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」
 斉の国のエピソードを紹介しています。優勢な楚軍が南から斉に迫ってきています。今戦っては不利です。遊説の士・陳軫(ちんしん)が使者の役目を 買って楚におもむきます。彼は舌先ひとつで侵攻をやめさせようとします。まさに外交の冥利です。高校の教科書に載っていましたよね。
 額蔵が刑場に引きずり出され磔台にかけられたところまででした。

仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵


忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
 味の素の商品を賈つたら、送られてきた荷物の中に「優游自適」といふ本が入つてゐました。

 とても面白い本です。玉造温泉の皆美館も紹介されてゐました。ここの鯛めしはうまいですよね~。
「皆美館 鯛めし 写真」の画像検索結果

 さらにページをめくつていくと無花果が紹介されてゐました。

 昨夜は明石に泊まりました。グリーンヒルホテル。今まで明石近辺で泊まったなかで最もレベルが髙いホテルでした。接客も抜群です。

 でも、産經新聞が賣つてない・・・。しかたがないから、久しぶりに日經を讀みました。相変わらず「お前は何様だ」と云ひたくなるぐらいの上から目線の「春秋(1面左下)」。何を云ひたいのかさつぱりわからない社説。つまらくて 大機小機までいきませんでした。3分で讀むのやめ~。

 先週末は小浜にいました。臺風。最初は避難準備で市役所の車が回りながらスピーカーで放送。避難準備? 何をすればいいの? 次に避難勧告。 っで、どうすればいいの? つひに 避難指示。 何のことかさっぱりわかりません。
 今日から、七十二候 霜降(そうこう) 次候 霎時施です。「こさめときどきふる」と讀みます。

 霜降とは、寒さが増していき、北國や山里に霜が降る頃です。

 
霎時施は、ぱらぱらと通り雨のやうに雨が降りはじめる頃です。雨が降つたかと思へば、すぐに青空が顔を出します。初時雨は、人々や動物たちが冬支度をはじめる合圖だといはれてゐます。

 どんな季節も樂しんでいた私たちの祖先の智慧には敬服します。
 來ました、來ました。

イギリス憲政論(中公クラシックス)

 讀むのが樂しみ~。倉山満氏によると、以下の權威書を讀まない人間は、憲法を語るなです。
今の我が國の憲法學者も讀んでゐないさうです。ましてや、司法試験合格者も國家公務員も政治家も。これでは、憲法と憲法典の違いがわかるはずがありません。日本國憲法は憲法ではなく、憲法典です。憲法典から憲法改正の論議がスタートするから、条文主義になつてしまひ、枝葉末節でどうでもよいことばかりが話し合われます。おつと、權威書ですね。


 書く前にちょっと解説を。宣王について。威王の子供です。斉の王です。国都 臨淄(りんし)の禝(しょく)に広大な屋敷をつくり、諸国から人材を 招きました。「史記」によると、王は全国の有名な説客76人に屋敷を与えて、直接国政にはあたらせずに、学問上の討論だけをさせました。禝は、学問の盛ん な地になりました。この学問のメッカには孟子も訪れたそうです。
 行徳のはずれでごろつきどもに襲われて、これを撃退したものの、四歳の孫、犬江親兵衛を黒雲にさらわれてしまったところまででした。

仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵


忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
 今囘は、ツバメ返しこと 寺田君です。

 なつかしい番組が紹介されてゐます。修猷館とは福岡縣NO.1の進學校。テニス部には末松くんといふ強い人がゐました。ああ、バレンタインデーが近いのですね(笑)。
 今は、七十二候 寒露 末候 「蟋蟀在戸」です。「きりぎりすとにあり」と讀みます。

 
蟋蟀が戸口でなく頃です。この候の蟋蟀は、夏から冬にかけて見られ、鈴のような音色を響かせるツヅレサセコオロギだと言われています。ギーッチョンと機織りのやうに鳴く蟋蟀ではありません。
 残念!昨日の皇后陛下の御誕生日にブログを書きませんでした。

 今上天皇陛下と皇后陛下がご婚約されたのは、私が生まれた昭和三十三年です。

 ですから、私は、そのシーンを観てゐません。でも、物心ついたとき、皇后陛下の美しさに感動しました。

 あのお振舞ひ、あの氣髙さ。まさに國母です。今上天皇陛下・皇后陛下のことを考へると涙が出てきます。

 皇后陛下、一日遅れですが、お誕生日おめでたうございます。いつまでも私たちの國母でいらしてください。私も赤子としての役割を果たすために力を盡します。
 今日から新しい内容です。

「お母さんは日本の國の世話になっていない」正是の帰国第一声は「苦労したよ」
 今日は「救援のタイミング」です。
 仁の玉を持つのが、小文吾の妹、ぬいの子。犬江親兵衛だということがわかりました。

仁:犬江親兵衛(いぬえしんべえ) 犬田小文吾の妹ぬいの子供
義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵


忠:犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶんご) 行徳の旅籠屋の息子
 今回は、小山君。英語の小山先生の息子さんです。

 古賀コートのお馬の親子とは、顧問の斎藤先生と娘の直子さんです。直子さんは、インターハイシングルス出場者です(2年のときから)。齋藤先生には、テニスを教えてもらつたことはありません(笑)。直子さんに古賀コート(隣にある病院のコート)でつきっきりの指導です。

 直子さん、きれいな人だつたなあ。あこがれてゐました。
 最近、體重が73㎏台になつて規定ます。2年前の手術前が84.5㎏ありましhたから、11㎏以上減ったことになります。食事療法です。運動でこれだけ痩せることはできません。量を食べない、バランスよく食べる、遅い時間に食べない、野菜から食べる。

 でも、この本を讀んで、まだまだ改めることがあるなあ、と思ひました。
 「呂不韋の先物買い」の続きです。秦の始皇帝の父(荘襄王:この当時は子楚)が趙に人質となっているとき、呂不韋が子楚を担ぎ出そうとします。続きです。陽泉君は、呂不韋に別室で話を聞かせてほしいといいます。呂不韋は話し始めます。

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