2024年3月アーカイブ

 観音経とは、観自在菩薩(または観世音菩薩)が衆生の悩みに形を変えて、済度するという意味があります。

 さて、二つ目の文です。


合掌向佛而作是源(がっしょうこうぶつにさぜごん)

です。
 「不適切にも程がある」がというTVを最近までやっていました。大好きな 仲里依紗さんが出てきるのでTVerで観ていました。河合優実さんもいいですね〜。

 別に新しい時代を自慢したり昔の時代を笑ったりする必要は全くありません。私たちは明治の男たちを笑うどころか尊敬していました。

 それよりも歴史をきちんと学んで今に生かすしかないのでは。喧嘩をしてはいけないと教えるので暴力と喧嘩の違いもわからない人間がたくさん育ちます。共産主義左翼リベラルがPC(政治的妥当性)を主張し、少数派の権利を主張しようとするので少数派が主流派になって結局、独裁政治になってしまいます。

 それより古代からずっと、マイノリティがマジョリティになろうとすると世の中がおかしくなる事実・真実・真理を歴史から学んだ方がいい。


 さて、浄土真宗の言葉だそうですが
「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」

というのがあるどうです。永六輔さんがご著書「大往生」で、愛知県犬山市の寺の掲示板にあるのを書き留めたそうです。

 わかったかい。Z世代笑
道元の
春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり

は、慈円の

慈円の花 ほととぎす 月 雪から来ています。

慈円が詠んだ國おこし音頭からです。再掲します。 今回は、この歌のまとめに入ります。なぜ、國おこしなのか。

春のやよひの あけぼのに 四方(よも)の山べを 見わたせば 花ざかりかも 白雲の かからぬ峰こそなかりけれ

ほととぎす
花たちばなも にほふなり 軒のあやめも かをるなり ゆふぐれざまの 五月雨に 山時鳥(やまほととぎす) なのりして

秋の初めに なりぬれば 今年も半ば すぎにけり わがよふけ行く 月影の 傾ぶく見るこそ あはれなれ

冬の夜さむの 朝ぼらけ ちぎりし山路に 雪ふかし 心の跡はつかねども おもひやるこそ あはれなれ
 私は今、六十五歳七ヶ月です。七十五歳までにホワイトハッカーの能力を身につけます。

 ホワイトハッカーの能力を身につけることが目的ではありません。中小零細企業のリスクマネジメント身につけ、中小零細企業の外敵や競争相手や環境変化に耐えられる力をつけるサポートをするのが目的です。ですからホワイトハッカー以外にも、BCP(災害対応事業継続計画の拡充)、知的財産権、世界中の愚かな政府へのリスク対応、我國の緊縮財政に対する対応、我國の社会主義のような労働法規等々、中小零細企業が解決していくリスク対応は山積みです。その能力を七十五歳までにすべて身につけますが、このホワイトハッカー(情報セキュリティ)能力が一番欠けています。

 それらの能力を身につけていくに従って、八十五歳まで中小零細企業の「経営」セキュリティを実現していきます。そして、それらを実践した結果を「民間中小企業白書フリーダム(不易流行)」を上梓し私の仕事を締めます。

 九十歳までの後の5年間で、お世話になった人を訪ねたり、連絡したりして、九十歳の誕生日の前の日にみなさんに挨拶して、九十歳の誕生日の朝、自然に息を引き取ることが目標です。

 特にこのホワイトハッカーは、私にとって、とてつもなく難関な能力及び脳力開発です。

 でも、できるかどうかよりやるかどうかで、人生の最後にチャレンジします。この20年間様々な失敗を繰り返してきました。その失敗の経験を糧にチャレンジしてまいります。

 このブログにも数日おきに書きます。さあ、みなさん楽しみにして下さい。
 今日から、春分 末候 雷乃発声 かみなりすなはちこえをはっす です。

 この表現で日本語の凄さがまたわかりますね。「発生」ではなく「発声」としています。自然と人間とが共生してきた我國ならではの表現です。

 今日なんかは暖かすぎましたね。雷は、恵の雨を呼びます。春の雷は、寒冷前線の通過によって怒るため、雹(ひょう)や雪が降ることもあります。天気が定まりにくい時期ですが、もうすぐそこに春がやってきます。


 「龍天に登る」という季語もあります。支那の古典易経に潜龍という龍の出世物語の始まりがあります。冬に「潜龍用いるべからず」で、「確乎不抜の志」を養った龍が世にで始める頃なのかもしせません。

 でもいつまでも潜龍の気持ちを忘れないでいたいものです。
 令和令和と 叫びながら 世の中「作る」 今の世の中


 叫ぶんならちゃんとしろ!

 身をけずり 己の私 すてながら 世の中「創った」明治の男
 観音経の第一文は、「爾時無尽意菩薩即従座起変方」です。「にじむにじぼさそくじゅうざきへんだんうけん」と読みます。

 般若心経を暗記したときもそうでしたが、最初は、何にことが書かれているかさっぱりわかっず、ものすごいストレスに襲われました。でも、暗記して暗誦ができるようになるとだんだんわかるようになるのですね。すごいなあ。

「その時に無人意菩薩、即ち座より起ち、偏に右の肩を袒にし」です

 現代文に直すと「釈尊が、普門品をお時になった時に、無人意菩薩はさっと説法の座中に起ち、敬礼して右の方をあらわして」です。

 未日方をあらわにして、左肩だけ法衣を着ている状態にするのは、相手に対する敬意を表しています。無人意菩薩は菩薩の一人で、法を無尽蔵に聞く人です。

 般若心経も釈尊が舎利子(しゃりし)というお弟子さんに語っているという姿をとります。こういうケースが多いですね。

 釈尊は仏(如来:にょらい)です。人間界でたった一人悟りをひらいて如来になった人です。悟りをひらかないと如来になれないのです。菩薩は修行中でまだ如来ではありません。なので、菩薩を仏様というのはおかしいですね。

 悟りをひらいているので、仏には欲がありません。菩薩はまだ悟りをひらいていないのでよくがあります。それが、仏より立派な服とか、飾りとか、となって現れているのです。

 ねっ、仏教も面白いでしょ?
 慈円の花 ほととぎす 月 雪

を詠んだ國おこし音頭からです。再掲します。 今回は、ほととぎすです。

春のやよひの あけぼのに 四方(よも)の山べを 見わたせば 花ざかりかも 白雲の かからぬ峰こそなかりけれ

ほととぎす
花たちばなも にほふなり 軒のあやめも かをるなり ゆふぐれざまの 五月雨に 山時鳥(やまほととぎす) なのりして

秋の初めに なりぬれば 今年も半ば すぎにけり わがよふけ行く 月影の 傾ぶく見るこそ あはれなれ

冬の夜さむの 朝ぼらけ ちぎりし山路に 雪ふかし 心の跡はつかねども おもひやるこそ あはれなれ

 メディアがいかにマクロ経済をしらないか(朝日新聞と毎日新聞はいうまでもなくだめですが)を昨日の産経の記事からの第二弾です。時事通信社も昨日馬鹿な記事を書いていましたね。その記事に俗に言うエコノミストの言葉が載っていました。その記事で、自分が正しいんだという主張をしていますが、話になりません。エコノミストをミクロエコノミストと書いたら?

 失われた30年とあって、それがまるで安倍さんや黒田さんが悪いみたいに書いています。機会があったら紹介します。
 
 しかし、失われた30にしてしまったのは誰ですか? 安倍さんはそんな前から首相をやっていたのですか?黒田さんは、そんな前から日銀総裁をやっていたのですか?

 失われた30年にしたのは財務省と日銀です。なのにそんなことに一言も触れていない。メディアは相変わらず財務省のポチです。

 閑話休題。産経新聞の記事に戻ります。記事というか社説です。こんな論説委員を置いているから今の産経はダメなんです。
 メディアがいかにマクロ経済をしらないか(朝日新聞と毎日新聞はいうまでもなくだめですが)を昨日の産経の記事から。

 記事は、社説です。

https://www.sankei.com/article/20240320-X77W3LPTCVPX3IZXAYCCZVIXO4/

をお読みください。

 このブログでは抜粋編集しながら何が間違っているかを書きます。
 慈円の花 ほととぎす 月 雪

を詠んだ國おこし音頭からです。再掲します。

春のやよひの あけぼのに 四方(よも)の山べを 見わたせば 花ざかりかも 白雲の かからぬ峰こそなかりけれ

ほととぎす
花たちばなも にほふなり 軒のあやめも かをるなり ゆふぐれざまの 五月雨に 山時鳥(やまほととぎす) なのりして

秋の初めに なりぬれば 今年も半ば すぎにけり わがよふけ行く 月影の 傾ぶく見るこそ あはれなれ

冬の夜さむの 朝ぼらけ ちぎりし山路に 雪ふかし 心の跡はつかねども おもひやるこそ あはれなれ
 観音経の暗記を1週間前から始めています。今、毎朝暗誦しているのは、般若心経、教育勅語、大祓詞です。それに一つ加えたい。観音経は長いので完全に暗誦できるようになるのはいつのことやら。

 さて、その観音経について、ブログにもシリーズで書きます。

  観音経の最初の出出しが、「妙法蓮華経 観世音菩薩 普門品(みょうほうれんげきょう かんぜおんぼさつ ふもんぼん)」です。

 般若心経は「摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみたしんぎょう)」です。

 この一文が般若心経のすべてを表しています。摩訶=理屈では理解できないぐらい大きな、般若波羅蜜多=(プラジジュニャー(パンニャー)パラミータ」般若=智慧、波羅蜜=悲願に達するための」、心経=お経 です。
前回の道元の和歌でこう書きました。

「新古今和歌集」が成立したこの機に、おおいに春夏秋冬の風光を和歌に詠んで自然と共生交感しようではないかと考えたのが慈円です。この機に新たに國おこしをしようではないか、と。


 慈円が詠んだ今様(今様歌 日本の歌曲に形態のひとつ)は、いわば國興しの音頭です。道元の

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり

の歌のまさにベースになっています。
 今日から春分の中日ですね。牡丹餅食べたいなあ。

 そして、七十二候は、春分 初候 雀始巣です。すずめはじめてすくうと読みます。雀が巣を作る頃です。

 雀ってなにか身近な気分がしません?子供の頃「すずめのお宿」を読んだからですかね。

 息子が小さい頃も「すずずめのお宿」「おむすびころりん」「一寸法師」などの本は何回も読まされました。歌の歌いました。まだ字も読めない頃にも息子は、本を暗誦していましたし、歌も歌えました。私は、今でも、この童話を言えますよ笑。

 立春は二十四節気の一つです。昔は陰暦で、月の満ち欠けを基準にした暦で1ヶ月が29日か30日でした。その単位を12ヶ月で一年としたのです。

 そのため閏月などと言って、同じ月が続いたり、暦と季節がずれることがありました。そうなると一番困るのが農家の方です。陰暦の元になる月の動きに春夏秋冬はありません。寒暖のある四季を作るのは太陽の仕事です。

 いつ田上や畑の種蒔きをすればいいのか、農作業の目安がどうしても必要でした。そのため地球が太陽を一回りする一年を二十四節気の「立春」から「大寒」まで24に分けました。

 その二十四節気で農家の方々が作られた農作物で人々が生き、和菓子店やお菓子を拵えることができるのです。

 さて、春分の和菓子は?
 道元禅師(1200-1253)は申し上げるまでもなく曹洞宗の開祖です。先日紹介した和歌

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり

は、川端康成先生が、ノーベル文学賞を授与された直後、ストックホルムで「美しい日本の私」と題する受賞記念講演をしました。そのとき先生が講演の冒頭に朗吟された歌です。

 私は道元禅師の「正法眼蔵 しょうぼうげんぞう」に何度も挑戦してきましたが、まだ、壁を打ち破っていません。

 でも、道元禅師が遺された六十余りの和歌はとても素敵です。

 あっ、私に道元禅師を語る力なんてとてもありませんから、この本を参考にしています。もちろんそのままなんて書いていません。私なりに編集しています。本を読んでも頭にすぐに入らない。でも、ここで書くとすんなりと入ります。一緒に楽しんでくださいね。

道元の和歌 - 春は花 夏ほととぎす (中公新書 (1807))

 私の朝のテーマは「浄化」です。私は、とても怠け者なので常に浄化しておかないとどんどんおかしなことをし出します(笑)。

 朝のおつとめをする(神棚等拝礼、般若心経・教育勅語・大祓詞唱和など)、ブログを書く、手紙を書く、スケジュール整理をする(これが最優先。これが乱れると仕事にならない)がうまくできた時には、とてもよい一日になります。

掃けば散り 払えばまたも 散り積もる 庭の落ち葉も 己が心も

 まさに、そうですね。

 毎日とはいきませんが、シリーズで道元の和歌を朝の習慣の人とにします。和歌はいいですね。小学校から英語をなどというおよそ国家破壊の恐ろしいことをやるのではなく、子供たちに和歌を教えればいい。

 さて、はじまりはじまり。

 今日は、最初なので、もっとも有名な道元の和歌を紹介します。これはさすがに解説はいらないですよね。

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり
 書くのを忘れてました。今日まで七十二候は、啓蟄 末候 菜虫化蝶 なむしちょうとなる)です。 厳しい冬を越したさなぎが羽化し、美しい蝶へと生まれ変わる時期です。「菜虫」とは、葉につく青虫のことで、主にモンシロチョウの幼虫を指します。

 そして、来週二十日が悲願の中日です。その前後三日間を合わせて七日間が春の彼岸になります。インドや支那にない、我國独自の行事です。だから昨日からが悲願の入りです。

 さあ、春ですね。
 今朝の朝日新聞。無知も甚だしいですね。

 「ロシア大統領選、プーチン氏の当選確実に 統治30年スターリン超え」とありました。

 人を殺していい國 ロシアの大統領選の出来レース(結果ははどうせ独裁なので)などどうでもいいのですが、朝日新聞の無知には呆れます。これを放っておくから憲法「典」改正ができません。
 御製とは、製(ぎょせい)とは天皇陛下の詩歌や絵画などの作品のことで、特に和歌を指して使われる言葉です。昭和天皇はそのご生涯に1萬首もの和歌をお詠みになられていて、そのうち900首ほどが公開されてゐます。

あらたまの 年を迎へて いやますは 民をあはれむ こころなりけり

 昭和天皇がまだ摂政の時代に正月の宮中歌会はじめで詠まれた御製です(大正十三年)。

 前の年に關東大震災がありました。

 廣き野を 流れゆけども 最上川 海に入るまで にごらざりけり

 雄大な歌です。陛下御自身が御政道で濁らないぞと決意されてゐます。大正十五年の御製です。

ふる雪に こころきよめて 安らけき 世をこそ祈れ 神のひろまに

 昭和六年の御製です。天子樣の主なお仕事は祭事です。私たちの伺いしれないところでいつも私たち臣民を慈しんでくださっています。これ以上の幸せはないですね。

 こころをすっきりさせたかったので天子樣に甘えてしまひました。古今東西、統治していただく方を天子樣とお呼びできるのは我が國しかありません。

【今日の和歌です】
天道の 古(いにしへ)からの その動き  人は迷えど 天はその時
 残念でしたね〜。民間初の宇宙ロケット「スペースワン」。でも、こういう試みって素敵でね。私たちの子供の頃は、宇宙なんて漫画のヒーロが出てくる場所でしかありませんでした。

 遊星仮面。「戦争をやめろ!地球の危機がやってきた。その日その時現れたマスクとマントの正義の子。その名は人呼んで〜。遊星仮面。

遊星仮面のアニメ画像 


 うゆうエース。宇宙の果てで呼んでいるでいる星の炎に照らされて〜真珠の瞳の少年が。正義をかけて戦うぞ。おお〜、輝く〜、シルバーリング〜エースエース宇宙エース、飛んでいけ〜」

 https://tatsunoko.co.jp/app-def/S-102/wordpress/wp-content/uploads/2014/12/138023ef675ded6ac8bf2c965db64506.jpg


 宇宙少年ソラン。「ソラン、ソラン〜。はるかな宇宙から〜。時を超えてやってきた。胸に輝く秘密のベンダント。燃え上がるファイト〜みなぎる力〜。さあいくぞチャッピ〜。みんなが待っている〜。宇宙少年ソラン。ソラン。ソラン。ソラン〜。

株式会社エイケン オフィシャルサイト

 著作権がいまだにあるならご勘弁ください。すぐに画像を削除します。

 それにしても小さい時に覚えた歌って覚えていますね。

 夢だった世界が実現しようとしています。民間ロケットを応援しています。


敷島の 大和の国は 言霊の 幸はふ国ぞ 真幸くありこそ(柿本人麻呂)

敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂う 山桜花(本居宣長)

かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂(吉田松陰)

身はたとへ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも とどめおかまし大和魂(吉田松陰)

【本日の和歌へただけど許してね】

敷島の 大和の國の 先人の 重き思ひに 身の甘さ知る
 江戸期から明治期にかけて井上毅という天才かつ(我國を精神面で救った)英雄がいました。
井上毅|近代日本人の肖像 | 国立国会図書館 さん

 国立国会図書館より

 天保十四年(1844年)〜明治28年(1895年)3月17日


父は熊本藩士。明治4(1871)年司法省に出仕、5年渡欧し翌年帰国。7年大久保利通の清国派遣に随行。以降、岩倉具視、伊藤博文、の命で、各種の重要政策を立案しました。14年プロシア憲法に基づく欽定憲法構想立案や国会開設の勅諭を起草、新設の参事院議官となり、帝国憲法の起草にあたったりました。21年枢密院書記官長として、憲法制定会議の司会を務めました。23年枢密顧問官となり、教育勅語を起草。26年第2次伊藤博文内閣の文相に就任しました。(国立国会図書館より)。

 かれは第日本帝國憲法草案制定にあたって、我國の歴史・文明・文化を徹底的に研究しました。そうです、憲法とはその國の歴史・文明・文化・慣習なのです。権力を縛るのが憲法など、フランスの在り方を真似たものではありません。
 自衛隊員の身を危険にさらし、そして、我國を滅亡させ、そして、支那共産党やロシアを喜ばせるこの二つの言葉を國民はどれだけ知っているでしょうか?

 ポジティブリストとは他国と防衛・戦闘・戦争状態になったときに、「これ以外はやってはいけない」とされているものです。戦闘状態に入った時にやってはいけないことが敵國に知れ渡っていれば、これはもう最初から負けている状態です。我國は、このポジティブリストを自衛隊に課しているのです。

 他國の軍隊は、「ネガティブリスト」です。「国際法に反していないなら何をやってもいい」です。これは戦闘能力以外にもそれをフルに活かした将兵の作戦遂行能力が存分に発揮できます。

 主権者國民もいけないのですが、メディアはこのことを國民に知らしめて、國民は政治家を動かさなくてはなりません。

ネガティブリストに反対する人は國体を破壊する脅威

 です。

 保守とは何か
國体を破壊する脅威に対抗する力

です。國体とはなにか。

シラス

です。明日書きます。

 白雲の よそに求むな 世の人の まことのみちぞ しきしまのみち

さまざまの 世のたしなみも ことのはの みちのうへには たつものぞなき

 両首とも、明治天皇の御製です。

 今日は、天智天皇と大海人皇子の話から少し離れて、聖德太子の話を。
 大田皇女と大海人皇子の正妃であつた鸕野皇女(うののひめみこ:のちの持統天皇)は共に中大兄皇子を父とし、蘇我石川麻呂の娘 遠智娘(おちいらつめ)を母とする姉妹でした。

 大田皇女は、大海人皇子との間に、大伯皇女と大津皇子を産み、鸕野皇女は草壁皇子を産んでゐます。

 この年七月、斉明女帝は筑前朝倉の行宮で崩御され外征は中止されました。大化の改新以来、孝徳、斉明二帝で敏腕を振るった中大兄皇子は、直ちに践祚することなく、臨朝彌制(天子に代わつて政務をすること)といふ形をとりました。斉明天皇の巨大な土木工事や、大規模な遠征は、その行きづまりがみられてきました。

 しかも大陸派兵は續けられ、天智天皇治世弐年 663年8月に白村江の戰費で大敗し、大陸の前進基地は放棄せざるをえなくなりました。 つづく

【今日の和歌です】
束の間の 時に全てが 破壊され 愛するコトを 失いし日々
  今日は、東北大震災から十三年です。
 
 震災後に東北各地をBCPの観点から回ってきました。筆舌に尽くしがたい風景でした。何もないのです、津波の酷さを初めて知りました。道がわからないのです。いつもある建物がないから。車で移動できないのです。瓦礫があるから。

 外國人が、浮いているご遺体の左薬指を切っているのです。指輪を取るために。財布を盗んでいるのです。自衛隊が車ではものすごく治安が悪かったそうです。

 あの日は、岐阜の蕎麦屋さんで遅い昼食を摂っていました。岐阜でもすごい揺れでした。どこかでかなり大きな地震が起きているなと思ったら東北でした。

 その後の津波の・・・。

 東北大震災で亡くなられた方・いまだに行方不明の方に心から哀悼のを表します。被災された方にお見舞いを申し上げます。
 毎朝、般若心経・教育勅語・大祓詞(おおはらへのことば)を暗誦しています。今、観音経を暗記しています。

 日本の社会では「教育勅語」が好きだというと、バッシングを受けます。我國は、表現の自由の國」ではなかったのでしょうか? それでいて共産主義左翼リベラルが嘘八百を言っても許されます。

 我々が本当のことを言っても鼻から否定されます。彼らは教育勅語は国会で廃止されていると言いますが、国会に勅語を拝する権にはありません。それにちゃんと教育勅語を学んだことがないのに、偉そうなことを言うな。素晴らしい勅語です。だって天才であり我國の英雄である井上毅が日本の歴史を何日もかかって調べ上げた結果みつけた「シラス」という我國の國体が見事に教育勅語と第日本帝國憲法に生きています。

 敗戦パラダイムです。天皇制が悪かったといます。天皇制とは共産主義が我國をつぶそうとしているための言葉です。

 何一つ変わってない事実を申し上げます。

我國は本来世界最高の立憲君主國

ということです。一番弱い國体は立憲民主義です。

 民主主義國家は、時として愚かに化した民が選んだ政府が堕落します(それを民が責任も負いません)。その時に、軍が一時立て直しに入ります。それを戒厳令を言います。軍は戒厳令の訓練も受けています(自衛隊は戒厳令の訓練を受けていませんが)。

 それでも、國が乱れる時は、この時、君主自らが立て直しに入ります。ニ・ニ六事件の時に昭和天皇が近衛兵を率いて鎮圧に出られたとき。軍も政府も機能しなくなった時に鈴木貫太郎首相が、陛下に裁断を求めた時。これが立憲君主國の君子が初めて御自らの決断をする時です。よほど信頼された君主でないといけませんが、我國は、何千年もそれをやってきました。

 立憲君主國以外では、このこの君主の役割を果たせる人がいませんから革命が起きます。フランス革命がそうですね。

 そして、憲法は、政府も軍も対応できない事態が発生した時のセイフティネットが定められたものです。残念ながら日本國「典」はその機能すらありません。憲法とは、歴史・文化・文明・國体を破壊されそうになったときのことを文章で現したものです。でも、日本國憲法「典」は、全くそれを果たしていません。日本國憲法「典」は、完全に憲法違反なのです。憲法改正論議はそこから始めなければなりません。

 閑話休題。今は、真の憲法が破壊されているだけです。もうそろそろ目を覚ましませんか? 
 今日から、啓蟄 次候 桃始笑 ももはじめてさく です。

 日本語は素敵ですね〜。桃がその年初めて咲くことを「笑う」と表現しています。情緒豊かな日本人は言葉の天才です。

 この頃、東大寺のお水取りが行われています。そのお水を送るのが、福井県小浜市遠敷の若狭神宮なのです。信じられないぐら綺麗な水が流れている川です。

 毎年三月二日にここで「お水送り」の儀式が行われます。遠敷川に注がれた若狭井に通じ、10日後の東大寺二月堂の「お水取り」で汲み上げられます。


 若狭神宮は「神宮」ですから当然皇室につながります。

 若狭神宮は、彦神社と姫神社があります。



 今日は、陸軍記念日です。

 明治三十三年(1900年)三月一日~十日、我が帝國陸軍二十五万人が、ロシア軍三十一万人を奉天会戦でぶち破つて勝利した歴史的な日です。武器弾薬が尽きたため追撃が出来なかつたといふのが定説ですが、こういう説もあります。

 帝國海軍は早くから、食事にパンをとりいれていました。すると不思議なことに当時日本で流行っていた脚気が激減するではありませんか。今ではわかっていことですが、米の食事だけでは脚氣になりやすいのです。陸軍にそれを伝えても、ドイツ医学を主流とする陸軍医たちは、鼻で笑ってうけつけません。

 結果として、陸軍では、脚気の兵士がたくさんいて、奉天での追撃が出来なかったという説です。ちなみに、当時の陸軍最高医は、森鴎外です。

 さあ、話はここからです。大東亜戦争のときの東京大空襲は、三月十日です。アメリカ人とはいやらしいことをするものです。その後も我が國の記念日に将校を処刑したりしています。

 東京大空襲を考案したのはアメリカ軍のカーチス・ルメイといふ悪魔の軍人です。

 ちなみに海軍記念日は、五月二十七日です。日本海海戰大勝利の日です。

 今、我が國では、このような先人の偉業をまつたく無視しています。これでいいのでしょうか?

 教育勅語でもそうです。くだらない議論がまたまた國会で横行しています。稲田大臣の答弁に対してです。これに対して、和田政宗議員が、堂々と自分のブログで反論してゐます。この議員はすごい。

 では、和田議員の毎日新聞をかんぷなきまでに叩きのめす見事なまでの論法をお楽しみください。
 昨日書いた、額田王の歌に対する大海人皇子の返歌です。

紫草(むらさき)の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも

「紫草のように、照り映える美しいあなたを憎く思ったら、人妻なのに恋しく思いましょうか」

 今日は、亡父の命日です。令和三年三月十日水曜日でした。最後は眠るように亡くなったそうです。享年九十四歳でしした。

 唱和二年(1927年)七月一日生まれ。大日本帝國海軍甲種飛行兵愛14期で終戦は松山航空隊で迎えました。なんと十八歳の若さで260名を率いる専任伍長だったそうです。上官に部隊のことを怒られたらケツバットが待っていました。それでも絶対に部下の責任にしなかったそうです。「自分の管理の能力がないからだ」と思ったそうです。大東亜戦争に志願兵をして参加した時に、「ああ、おれの代で寳德の家は耐えるのか」と思ったそうですが、終戦になり、私が生まれ、息子が生まれました。それを一番喜んでいました。

 今日から少しずつ同じの命日を機会に親父の人生や宝徳家のことを振り返ります。

 我が家を遡るとこうなります。
寳德 真大(まさひろ:息子)
寳德 健(私)
寳德 佳男(父)
寳德 義一(ぎいち:祖父、祖母はツイ)
寳德 寳四朗(ほうしろう:妻は、つる)
寳德 惣四朗(そうしろう:妻は、かの)
あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る

 萬葉集を學習したら必ず出てくる歌です。この歌は、実は、ものすごい意味を込めたものなのです。

 我が國史上、すさまじい英雄が二人存在したことがありました。でも、両雄並び立たずです。悲しい結末が待っていました。

 天智天皇(中大兄皇子)と天武天皇(大海人皇子:おおあまのおうじ)です。しかし、この二人の血で血を争う時の流れは我が國にとつては大切なものでした。申し上げたいのは、時代の流れを創るとき、それは、生半可なことでは創れないといふことを、現代のぬるま湯に浸っている私たちは歴史から学ばなくてはならないといふことです。

 しばらくは、このお二人のことをみていきましょう。
 日本の中央銀行は、言うまでもなく日本銀行です。

 ほとんどの國民が誤った認識を持っています。

日銀は政府等あらゆる機関から独立している❌

です。これは間違いです。

 日銀の独立とは、

金融政策からの独立


です。なのに今の日銀法は前者を定めています。

 こんなことをしたら日銀が独走してしまいます。

 我國は、民主主義國家ですよね?選挙で選ばれていない官僚や日銀や三条委員会に支配されてどうするのでしょうか?人治國家です。

早急な日銀法の改正が必要

です。その時に、日銀法の改正に反対する國民にならないでくださいね。ネットで検索すると白川元総裁の擁護記事ばかりです。メディアは愚かですね〜。日銀総裁の人事を首相が持たなければなりません。

 現に起きたコトですが・・・

 時の首相が白川さんにきてくれと言った際に、「そっちがきてくれ」と言いました。まさに、白川法皇です。これでは、政府はマクロ市場の一つである貨幣市場のものも言えなくなります。

 財務省の増税と(特に)白川さんの愚かさで日本は30年経済成長ができない人災に陥りました。
磐代(いわしろ)の 浜松が枝を 引き結び 眞幸(まさき)くあらば 亦かへり見む

家にあれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を 草枕 旅にしあれば 椎(しひ)の葉に盛る

 髙校時代、この二つの歌は、なぜか、すぐ頭に入り、そして、今も覚えてゐます。

 我が國の國體は「シラス」でも、欲望に渦巻く人間社會で、この國體を實現するためには、筆舌に盡しがたい困難を乘りきらなければなりませんでした。

 大國主命が支那勢力から我が國を護ったとき、そして、その大國主命さえ、シラスを忘れてウシハクに走り、天孫降臨によりシラスに移行する國譲りのとき、そして、この大化の改新・・・。そのたびに犠牲(?)になる人間が出てきました。とてもつらいことですね。一切の利権を排しシラスを実現する側と、それまでの利権を護ろうとする側。どちらも悪くありません。だつて、他國では、後者の方が当たりまえなのですから。

 先の和歌は、有馬皇子(ありまのみこ)の歌です。

 ああ、この光景をまた観たいものだが、無理だらうなあ。家でご飯を食べる時は器に盛るが、ここでは椎の葉か~。

 つづく

  657年、孝徳天皇の皇子、有馬皇子がの謀反がありました。孝徳天皇の時代には、政権の実質は、皇太子 中大兄皇子、中臣鎌足の手中にあり、阿部倉梯麻呂と蘇我石川麻呂の相次ぐ死によつて、天皇は次第に政治的に孤立していきました。

 晩年は、そういう孤独の中で崩御されました。

 舒明―皇極という政治勢力から完全に疎外されたことになります。

 有馬皇子の謀反にはそういう父の無念をはらさうという思いがありました。有馬皇子は、蘇我赤兄(あかえ)の挑発に乗って反逆を試み、中江大兄皇子によつて紀伊で絞殺されました。歌は有馬皇子辞世です。
 昔、懸賞で原野や山地が当たるというものがありました。使わなくなった土地とか建物をそのままほったらかしにしてしまうケースが多々あります。かつて相続のお手伝いをしたときに、前者の原野や山地などな「すぐみ査定します」という不動産屋でも、たとえばネットで査定をお願いしも、反応もありません。市町村役場等に、引き取ってもらえないかと連絡しても答えはNOです。後者は相続登記をやっていないと、次の相続の時に、一回遡ってやる必要があります。所有者が亡くなっている場合は面倒臭くて仕方がありません。

 今年の4月1日から相続登記の義務化が始まります。
最近の私の和歌(下手くそです。笑わないで)

 しらすといふ 國体築きし 皇(すめらぎ)が 坐(ましま)す國に 櫻花咲く

 梅に桃 櫻に藤と つなぎしに 忘れてならじは 木蓮の花

 こんにちは ことばがおはらぬ そのうちに 抱っこをせがむ 幼き笑顔

 田植ゑ待つ はられた水に 陽が映える 斎庭の稻穂 とはにかがやく

 嶺南の 山も雪解け 緑映え すべてが芽吹く 春のおとづれ

 水はられ 田植ゑ待つ田の すがすがしさ 天壌無窮の しはわせかみしめ

 櫻残る 山の緑に 映えながら はられた田水に 姿を映す

 薄紅と 黄色緑の 合唱に 我も我もと 八重の共演

 へたくそだなあ。 でも、和歌は毎日一首以上は詠めています。問題は、読書とブログと手紙です。

  さて、大化の改新という一大政治事件において、我が國のリーダーたちはどのような難局を乘り切ったのでせうか。
  私が大学生だった時に(専攻:計量経済学)、敗戦後の為替レートは1ドル315円と360円の二つの案が当初あったと聞きました。

 指数の違いとかいろいろあるのですが、このブログは経済学の講義ではありませんので、それは割愛します。

 当時はまだ金本位制で固定相場です。輸出で外貨を稼ぎたい日本は、315円と360円ではお金をするごとにすごい金額の優位性が劣位性かが決まってきます。

 日本は、アメリカとの交渉の際、その他の条件はみんなアメリカに譲りましたが、この36円/$だけは譲りません(というか敗戦國のかなしさで平身低頭で認めさせた)。

 ようやく共産主義の脅威に気付いたアメリカも、日本に経済発展してもらい西側になってもらわないとアジア・太平洋を失ってしまいます。

 なんと、それを認めさせたのが、池田勇人元首相です。よく「自民党の経済政策がうまく行った」という言葉を聞きますが違います。池田元首相の経済政策です。

 それを明日から解説していきましょう。敵がわんさかいました。池田さんや安倍さんのような総理大臣が欲しい。高橋是清はって? 彼は、大蔵大臣としてはものすごい力量を発揮しますが、首相はだめでした。
  MMTとは、Modern Monetary Theorryの略ですが、これを現代貨幣理論などと言っていること自体がおかしい。共産主義左翼リベラルの隠れ蓑と言った方がいいでしょう。だから「CL」とでも言えば。共産主義左翼リベラルの嘘です。

  その3つ目が、雇用保障プログラム(Job Guarntee Program)の導入です。簡単にいうと「失業者には國家がその人に見合う仕事を用意せよ」ということです。これって社会主義政策ですよね。

 1番目の「財政的な予算制約はない」はMMTに言われるまでもないことです。共産主義左翼リベラルは、最初に当たり前のことを言って人を惹きつけ信じ出せます。その後、その他の嘘を言ってそれも信じさせます。池上彰もそうですね。騙すテクニックをよく知っていりだけです。政治家はバカな人が多いだけで、自分が共産主義左翼リベラルだと思っていもいないバカというか愚か者だとしか言いようがありません。自民党もほとんどが共産主義左翼リベラルです。これは主権者國民の責に起因していますが。

 メディア? 権力に慮ったているだけでしょう。朝日と毎日は目も当てられませんが。

 とにかく日本を破壊したくてしかたないのが、共産主義左翼リベラルなのです。

 保守とは何か

国体を破壊する狂気に対抗する力

です。MTTは、共産主義・社会主義なのです。マルクスなのです。日本はMMTだらけです。

 今の我國で必要なのは、マルクス経済学のMMTではなくリフレ派なのです。このタイトル「をはり」
 先日、TVに出ている放送局の女性(アナウンサーかどうかは分かりませんが、話のプロだと思います)が、

全然大丈夫

と言いました。

 びっくりしました。この言葉、かなり話す人が多いですが、全然のあとは否定型がきます。

 鳥肌が立つなどアナウンサーまでが使います。その他、「やばい」「〜的」など枚挙に暇がありません。

 これを言葉の進化という人がいます。創造的に進化するなら何も言いません。でも、これは言葉の退化です。

だって聞いていて言葉の聞き心地が汚い

 我國は言霊の幸(さきは)ふ國。素敵な言葉を使い合うから美しい國ができました。
 黒田日元銀総裁が数ヶ月前の「日本(ミクロ)経済新聞」の「私の履歴書」に記事を掲載されていました。

 「へー、日本ミクロ経済新聞がマクロ経済の大家を載せるんだ。意味わかってるのかなあ」と思いました。

 黒田さんの金融緩和政策は「黒田バズーガー」と呼ばれました。各(ミクロ)経済紙誌では、黒田さん批判の大合唱でした。あっ、東洋経済も「東洋ミクロ経済」ですね。

 「円安」「物価」「(ミクロでいう)家計」「(増税を差し置いて)金融政策は効果がなかった」「黒田はやめろ」「金融政策を転換しろ」「黒田さんはスーパーにいかないから庶民の気持ちがわからない」などなど「ミクロ経済のことばかり」でした。

 日本銀行をはじめ中央銀行の総裁の仕事は、マクロ経済です。ミクロ経済ではありません。マクロ経済の「家計」と黒田さんが言った時にメディアが大バッシングしました。笑ってしまいました。そうですよね。ミクロ経済メディアですから。

 もう一度言います。物価や家計や株価などは、すべてミクロ経済つまり結果です。
 MMTとは、Modern Monetary Theorryの略ですが、これを現代貨幣理論などと言っていること自体がおかしい。共産主義左翼リベラルの隠れ蓑と言った方がいいでしょう。だから「CL」とでも言えば。共産主義左翼リベラルの嘘です。

 その2つ目が、「金融政策は有効ではない。こうかがあったとしても不安定である」と言います。

 この表現を聞いただけで、マクロ経済を否定していることがわかりますよね(爆笑)。

 復習。マクロ経済とは、

マクロ経済の市場は、

財市場(モノの動きの市場)
貨幣市場(カネの動きの市場)
労働市場(ヒトの動きの市場)
であり、

 これらの市場を太く大き速く動かすと経済は成長するとも申し仕上げました。つまり、これらの市場の流通生を高めることです。政府の経済政策はここに集中してあとは民間に任せるのが一番です。一番というかそれた経済学の祖 アダム・スミスの頃からの常識です。

 その貨幣市場を完全に否定しています。これでは、アダム・スミスのいう神の手は動きません。まるえイスラム経済の理論です。

 これでは実証経済(計量経済学等)をやらない東大の経済学部教授たちのようになります。

 もう、アホらしくて物も言えません。
 我が國近現代史において、明治天皇が最高のリーダーであることは異論の餘地がありません。あの激動の時代、我が國存亡の危機を、シラスといふ我が國の國體を貫き通しながら、乘り切られました。

 あっ、そうだ。私たちが學校で、習つた、嘘をひとつ。

 「君臨すれども統治せず」ではなく「統治すれども支配せず」です。これの意味がわかつたら、我が國の國体のことが理解できるようになります。追々、説明しますね。

 それと、もうひとつの嘘。政教分離といはれますが、これは、歐州のことばで我が國は関係ありません。 カトリック・教会主義があまりにもひどかつたので、カトリック教会主義から政治を奪おう(かつては、國は教會の下にあつた)としました。それには一度絶対主義を経る必要がありました。

 激しい戦いの末、政治は教會から離れました。「政治」と「教會」を分離することが、政教分離です。

 靖國参拝がどうのこうのと言ってゐる発言のおかしさがわかりますね。

 あ~ん、明治天皇の御製(天皇の和歌)を書こうと思つたのに前置きが長くなった~。

 今の政治家は和歌が詠めません。そんなもの必要ないと仰るでせうが、明治天皇は生涯で10万首以上の和歌を詠まれました。それがいかに大切か。

 そして、我が國が過去、どのように和歌とともに国造りをしてきたかをシリーズで解説しましょう
 まずは大化の改新。
 警察官がいなくても、犯罪によっては逮捕してよいことがあります(ただし、リスクは伴いますが)。それは現行犯、準現行犯です。また、軽い犯罪で現行犯であっても住所や氏名等がわかっているときは私人逮捕はできません。

 私人逮捕については、専門家のホームページ等をご覧ください。

 犯罪を認めるわけにはいきませんが、私たち男性には、冤罪による私人逮捕の危険性を有しています。
 私の大好きな書道家の先生 曉香先生(とても綺麗な方です)が、書道展で受賞なさいました。おめでとうございます。どうやったらこんなに綺麗に字が書けるんだろう。うらやましいなあ。歌もいいですねえ。
 藍筍展の書道展の受賞です。すごい!藍筍会は、今上陛下に書をの素晴らしさをお伝えした今上陛下のお師匠さんが作った会だそうです。その会の展覧会です。

  この「日本のようになるな」と言う言葉も、この一つ前の倉山満氏の本から拾っています。世界の合言葉だそうです。

 今日は、金本位制や銀本位制や米本位制や財務省型PB(プライマリーバランス)本位制等では、「信用創造」は機能しにくいことを書きます。

 あっ、知らない方もいらっしゃいますよね。「Modern Mnonetary Theory」の略です。なんと、現代貨幣理論という恐ろしい訳をする人がいますが、ただの共産主義左翼リベラリストの存在価値のみで主張しているものでしかありません。共産主義左翼リベラリストの隠れ蓑です。

 閑話休題。