和歌と國創り6(皇紀弐千六百八十四年 令和六年(2024年)三月十一日)3

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 大田皇女と大海人皇子の正妃であつた鸕野皇女(うののひめみこ:のちの持統天皇)は共に中大兄皇子を父とし、蘇我石川麻呂の娘 遠智娘(おちいらつめ)を母とする姉妹でした。

 大田皇女は、大海人皇子との間に、大伯皇女と大津皇子を産み、鸕野皇女は草壁皇子を産んでゐます。

 この年七月、斉明女帝は筑前朝倉の行宮で崩御され外征は中止されました。大化の改新以来、孝徳、斉明二帝で敏腕を振るった中大兄皇子は、直ちに践祚することなく、臨朝彌制(天子に代わつて政務をすること)といふ形をとりました。斉明天皇の巨大な土木工事や、大規模な遠征は、その行きづまりがみられてきました。

 しかも大陸派兵は續けられ、天智天皇治世弐年 663年8月に白村江の戰費で大敗し、大陸の前進基地は放棄せざるをえなくなりました。 つづく

【今日の和歌です】
束の間の 時に全てが 破壊され 愛するコトを 失いし日々

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このページは、宝徳 健が2024年3月11日 03:33に書いたブログ記事です。

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