2019年8月アーカイブ

 今日は、私の誕生日です。六十一歳。まだまだやれます。

 昨日、夜なべで仕事をしていたら、なぜか、山中鹿之助のことが思い出されて仕方がありませんでした。「願はくが、我に七難八苦を与えたまえ」

憂きことの なほこの上に 積みかれし 限りある身の力ためさん

 なんで思い出したんだろう?なぜ、一晩中頭から離れなかったのだろう? あっ、天からのプレゼントかも。
 何の記事だっけ? なんか官僚にケインジアンが多くてという評論家のコメントがあって、さも、官僚にケインズ信奉者が多いような書き方をしていた記事がありました。

 ジョン・メイナード・ケインズを正しく学習していません。ケインズは、ニューディール政策や狂人フランクリン・フーズベルトが大嫌いです。ましてや、ケインジアンが安易に唱える「似非ケインズ理論」なんで、塵ほども認めていません。

 我が国の官僚には法学部出身が多いので、経済音痴であふれています。経済学部卒業者でも、マクロ経済をよく学んでいないので頓珍漢。そして、我が国家には、軍事学・地政学と並んで経済学のインテリジェンスが全くありません。だから、国民に経済の流れを教えることができない。

 歴史の大きなうねりの中で、ひとつだけある真実は、経済の原則には誰も逆らえないということです。どんな権力者でも。だから、永い永い歴史の中でのマクロ経済の動きを把握することはとても大切なことなのです。それを法学部出身の官僚がわかったように短期的な経済学を解釈する。その最たるものが似非ケインジアンです。

 毎年この日に掲載しています。終戰の詔書です。

 昭和天皇は、終戰の詔書で「敗けた」なんて仰っていません。アメリカに対して「このバカヤロー」と仰っています。ただし、ここで一旦引いておかないと民族が滅ぶから「耐へたがきを耐へ、忍び難きを忍び」と仰っています。

 安岡正篤先生が、この詔勅の一部は政府の人間が勝手に書き替えたとある本で仰っています。でも、陛下のお言葉です。眼光紙背に徹せよ。日本人。そろそろ目を覚ませ。日本人。アカに騙されるな日本人。
 
 繰り返し繰り返し読めば意味は分かります。日本人であれば。
 終戦記念日の定義は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」なんだそうです。それなら、終戦祈念日とすればいいのに。この意味なら分かる。

 でなければ、なんで、戦争に負けたのを祝う日にしなければならないのかさっぱりわかりませんでした。ずっと。

 記念:「過ぎ去った物事などを思い起こすこと」
     「後日の思い出として残しておくこと」

 なら、当然前者の意味合いが強い。であるなら、終戦でなく、敗戦です。

 祈念:「(神仏に)願い事を祈って、その達成を念ずること」

 なら、「平和祈念日」とする方がぴったりしますね。

 平和を創造したいなら、他国より強い武力を持たないと達成できません。

 なぜ、北方領土がどさくさに紛れてソ連にとられたか。なぜ、竹島があんな愚かな國にとられたか。なぜ、拉致被害者が帰ってこないか。なぜ、シベリアに拉致された日本人が六十万人もいたか(死亡者六万人)。すべ武力がなかったからです。

 私には会ったことがない伯母が一人います。

 今日は、長崎に原爆が落とされた日です。広島と共に絶対に私日本人が忘れてはならない日です。但し捉え方に問題があります。この時期になると「戦争の記憶」という言葉が横行します。違います。敗戦の記憶です。戦争を二度と起こさないなど、人間社会ではありません(いじめをなくすも同じ)。戦争は誰でも嫌です。やれば国力も疲弊します。そんなのは当たり前です。そう考えると先の大戦の(兵士たちは立派でしたが)指導者の罪は重い。特に、近衛文麿と山本五十六です(詳細割愛)。

 ただし、愛する人たちと愛する国家を護るなら、「敗戦」とは言わず「戦争にならない強い国家」であることが絶対条件となります。軍事力とは、

戦争をする道具ではありません。
戦争を防ぐ武器なのです。

 なぜ、我が国が 世界で唯一歴史が連続した人間社会の期性に国であるか。もちろん、皇室を中心とした「シラス」という国体の国民国家であったからです(他国の国体はウシハク=支配)。その国体を護るために常に軍事大国であったことも事実です。

 だかど、それをむやみに使ってはならないという強い意志で、天子さまは、最も信頼を置ける人間を征夷大将軍の人につけました。「武」とは「戈」を「止める」です。つまり、戦争をさせないということ。

 我が国では、右大臣よりも左大臣の方が位が高かったのです。他の国では、左よりも右が尊ばれます。我が國では、力が強い右はいざという時の備えで、普段は左に権威があるという考え方でした。素晴らしいと思いませんか?

 イザナギノミコトが黄泉の国から帰って、禊をします。左眼を洗ったら天照大神がお生まれになり、右目がツクヨミ。鼻がスサノオです。つまり、最高神は左なんです。私たちの祖先は、私たちに「平和を愛せ」と神話の中で遺言しています。

 でも、大国主が、兄たち(おそらく外国勢力)に殺されかけたときに、一度逃げてスサノオから武器を譲り受けて反撃します。私たちの祖先は、「平和を守るのはただ唱えるだけではなく大変なんだよ」と神話の中で遺言しています。

 なぜ、中世の欧州が大航海時代になったときに我が國を滅ぼせなかったか。それは、手が出せなかったからです。軍事大国だったからです。江戸時代は鎖国ではありません。カトリック教会主義を排除しただけです。つまり、武装中立平和国家でした。欧州が手が出せない国でした。

 我が国の理想の姿は武装中立です。しかし、兵器の高度化が進んだ現在、それを一国で実現するのは困難です。だから、集団安全保障。だから、集団的自衛権です(つまり同盟国で戦争を起こさせない)。こんなこともわからない人が多すぎます。

 解説不要です。我が國に生れてよかった。感動の涙があふれてとまりません、

 皇太后陛下(当時 皇后陛下が上梓されています)。←ちなみに我が國には、上皇后陛下などという言葉はありません。皇太后陛下です。

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