2013年6月アーカイブ

 最近、ほとんど日経を読みません。読みませんというか、醜くて読めない。特に、春秋・社説・大機小機が・・・。その中でも、春秋がひどすぎます。春秋とは、支那の古典 四書五経のひとつからとった名前です。ひどくてもいいから、名前だけでも変えてくれないかなあ。 我が國を代表する新聞がこれです。悲しくなります。

 一昨日は、出かける前にサウナに行きました。お風呂に入って、ちょっと休憩。新聞が置いてありました。いつもは何種類かあるのですが、一昨日は、棚に日経しか残っていませんでした。「しかたがないなあ」と思いながら一面をみたらびっくりしました。
 「居酒屋コンフィデンシャル」という本があります。

 中々面白い。著者は産經新聞記者の水内氏です。新潮文庫から出ています。

博多祇園山笠

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 明日からもう文月なんですね。早いな~。今年も半分過ぎました。成長したのだろうか?不安です。
 
 夏祭りの季節です。博多では山笠ですね。
 昨日は、毎年楽しみにしているIKさんの会社のキックオフミーティングでした。新年度に向けてみなさんが熱い決意を語られていました。私が参加したのは5回目です。

偶成(ぐうせい)

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 西郷南洲翁遺訓を読んでいます。以前にも書きましたし、士魂商才の巻頭言にも使った言葉が出てきますが、もう一度書き留めておきます。。

 いいな~。私も漢詩を読みたいな~。漢文の素養が欲しいな~。よし!やりはじめよう。書道もやりたい。

 今の教育がいかに間違っているかがよくわかります。
 S美容室のUさんが、毎晩閉店後、私の携帯にメールをくれます。その日の売上、今月の売上目標、目標達成までの残りの売上、あと一日当たりいくらか。

 このサロンさんのことは、最近もブログに書きましたが、もううれしくて。今日も書きます。

伊勢の餅街道 3

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 忘れていました。昨日の「まつかさ餅」は、「長新(ちょうしん)」というお店です。

 さて、伊勢の街道の餅のバーチャル旅行です。このバーチャル旅行はとても楽しいものです。
 昨日、新潟県から、古い友人が訪ねて来てくれました。彼は関西にたくさん知人・友人がいます。二日間しか大阪にいないのに、数ある知人・友人の中から、私にわざわざ連絡をくれたことの感謝しています。はもしゃぶコースをご馳走になっちゃった。うまかったな~。

 まさに、有朋自遠方来 不亦楽(朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや)」ですね。
 北京で連合軍と清朝政府は、北清事変に関する最終議定書に調印しました。北京議定書と呼ばれています。これにより清は「事件の元凶の処罰」「四億五千万両(当時で約六億三千万円)の賠償金の支払い」「大沽砲台の撤去」「公使館区域及び北京と海港を結ぶ交通要地での列國の駐兵権」を認めました。

 このときの賠償金問題でも、我が國は素晴らしい対応を見せています。まず賠償金の金額を見てください。金額が多い順です(当時の日本円換算)。

伊勢の餅街道 2

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 伊勢の餅街道に「関の戸」というお餅があるそうです。
 富士山が世界遺産に登録されました。世界自然遺産ではなく世界文化遺産です。これがいい。この文化遺産というところがいい。富士山は我が國の文化です。

北清事変の真実11

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 北清事変の敗戦が濃厚となった清は、連合軍が北京に迫ると、光緒帝と西太后が紫禁城から脱出しようとしました。しかしそれでは、戦火が拡大するだけであり、講和も遅れるとの判断から、各地の総督が反対しました。そして、支名人は、我が軍による事態の収拾に期待しました。

伊勢の餅街道 1

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 JR東海の月刊誌「ひととき」 の記事に加筆しています。この本はとても素晴らしい。

再 葛城路 最終回

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 2011年9月24日掲載分です。このシリーズはこれが最終回です。

士魂商才第六十六号

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 弊社月刊誌 士魂商才第六十六号の原稿が完成しました。明日送付しますので今月中に読者の皆様のお手元に届きます。巻頭言だけ紹介しておきます。
 明日から、七十二候 夏至 次候です。夏至 次候は「菖蒲華」です。「あやめはなさく」と読みます。 
 う~、事務所でクーラーつけて寝ていたから、体調わる~。朝までに治します。ブログを一個だけ書きます。

 我が國の海の守り神はイージス艦であることは間違いありません。イージス艦は敵が攻めてきたときに一発で複数の敵を殲滅できます。

 もうひとつ、敵が攻めてこられない状態を創ることが國防では大切です。ずっと、我が國にもそのために空母が欲しいと思っていました。出来ました。
 なんとかというキャスターがヨットで事故を起こし、泣きながら謝っていました。彼は、私の愛する中川昭一のことをぼろくそに言ったので、まったく興味がありません。まあ、人間ですから誤りはあるでしょうし、マスコミの人間なので、企業の不祥事でメディアが経営者を執拗に追及するようなことはないでしょう。すぐにメディアが幕を引くでしょう。そんなことを面白がって報道する前に、もっと讃えることがあります。なぜ、この素晴らしいことをメディアは報道しないのでしょうか? 讃えないのでしょうか?
 息子が小さい頃、よく家族旅行に行きました。彼が小学校四年生の時、「源平合戦の戦場が観たい」とリクエストされました。一の谷→屋島→壇ノ浦と夏休みにまわりました。

再 葛城路

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 2011年9月23日掲載分です。

想い出の贈り物

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 私の手帳の中に「ポケモンバトルシール ヤミカラス」のカードが入っています。十五・六年ぐらい前のニッスイのソーセージのおまけです。
 私たちは、「豊臣秀吉の朝鮮出兵」と学校で習いました。これは書き換える必要があります。

 その理由の前に前回の続きです。スペインは我が國の何を恐れたのでしょうか?

北清事変の真実10

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 北清事変の時に、欧米各國を守っただけではなく、支那を北清事変後の各國の略奪・狼藉から守ったのも我が國 日本でした。

 なのに・・・。

再 葛城路

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 2011年9月21日掲載分です。

duty

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 今月だったかな。「義」についてこのブログで書きました。

 「義」のつく漢字として「義務」という言葉があります。この「義務」は、明治時代に造られた単語だそうです。ですから、それまでの我が國は、義務という言葉に表される内容を持っていなかったと、中西先生の「日本人の忘れ物」に書いてありました。
 そういえば、今日は出光興産の創業記念日ですね。みんなゴルフに行ったのかなあ?私はゴルフはやりませんから、出光興産の課長時代も創業記念日のゴルフには行きませんでした。

 今日は、本当は秀吉の続きを書こうと思ったのですが、あまりにもひどいので、みなさんにメディアと細野の狡猾さを紹介します。

北清事変の真実9

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 当時、我が國は、西洋こそが文明と考えられていた時代だったので、「文明國の一員」とは認められていませんでした。

 國際法を遵守してこそ文明國という観念が我が國には強いのでした。だから我が軍は、この事変において、あくまでも國際法を遵守し軍紀を厳粛にして我が國がすでに欧米並みの文明を有していることをかたくなまでに示しました。

 これを実現せしめたのは「皇軍」の誇りです。よって我が國は住民の殺害はもとひょり、略奪さえ御法度でした。秋山好古は、「本國への持ち帰りを許可するものは、戦闘で手に入れた敵の武器のみ」と訓示しました。

 その結果が各國による我が軍への称賛です。ロンドン・タイムズは「公使館区域の救出は日本軍の力によるものと全世界が感謝している。列國が外交団の虐殺や國旗凌辱を免れたのは、ひとえに日本軍のおかげだ。日本は欧米列強の伴侶にふさわしい」と論評しています。

 柴五郎中佐を中心としたこの我が軍の活躍こそが、後の日英同盟につながります。我が軍は、大東亜戦争で解体されるまで、この皇軍の誇りに支えられていました。

 ところが・・・・。つづく。

再 葛城路

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 2011年9月19日掲載分です。

及東枯

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 ふ~、事務所に着きました。今からブログかいて二つ仕事をして寝ます。

 明日から、七十二候 夏至 初候です。初候は「及東枯」です。「なつくさかれる」と読みます。

 この季節は冬瓜が旬ですね。
 昨日、事務所で仕事をしていたら、事務所をシェアしている大学時代からの親友YTJが入ってきて、いきなり言いました。

再 葛城路

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 2011年9月18日掲載分です。

みょうが

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 明日から夏至ですね~。

夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ

 万葉集の大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌です。
 安倍さんが大胆な投資減税を打ち出すようです。とても適切な国内活性化策です。なのにメディアが批判しています。

再 葛城路

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 2011年9月16日掲載分です。

再 葛城路

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 2011年9月15日掲載分です。

スルメイカ

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 今は、七十二候 芒種 末候 梅子黄です。

 この頃は、スルメイカの旬ですね。 
 スペインは我が國を恐れました。何を・・・?

北清事変の真実8

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 日本軍の北京籠城中、こんなエピソードがありました。

再 葛城路6

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 2011年9月14日掲載分です。あれっ?78歳から余生を過ごすって書いていますね(汗)。訂正です。今は、百歳まで仕事をする気になっています。

梅子黄

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 明日の朝は、時間はあるのですが、やりたいことがたくさんあるので、ブログは今書きます。

 今日から、七十二候 芒種 末候です。芒種 末候は「梅子黄」です。「うめのみきなり」と読みます。

 
 このブログの読者の方から、「支那人や朝鮮人に悪いではないか」と聞かれることがあります。

 冗談ではありません。私は一般の方々よりも支那人や朝鮮人に友達はたくさんいます。彼らもこのブログは読んでいます。
  このシリーズの結論は、「俗にいう秀吉の朝鮮出兵」がなかったら、明と朝鮮はスペインの植民地になっていたということです。支那と朝鮮は、我が國に感謝すべきことばかりなのです。

 当時の世界情勢に目を向けてみましょう。





北清事変の真実7

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 北清事変時の我が國軍の素晴らしさを紹介します。

再 葛城路5

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 このブログの過去記事が検索できない方のために、少しずつ過去記事を紹介しています。「御所」の記事を書いている最中なので、過去に書いた「葛城路」を紹介しています。

 2011年9月13日掲載分です。

一つの時代の終わり

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 ほんのたまにしか行かなかったのを悔いています。
 教科書で「秀吉の朝鮮出兵」は習ったことを覚えていますよね? 明らかに間違いです。

再 葛城路4

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 2011年9月12日掲載分です。

御所4

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 小和田という我が國を破壊しようとしている隠れ左翼のボスが皇室の外戚として猛威を振るいつつあります。道教以来の我が國の危機です。國民みんなでこの危機を除き去りましょう。

 そのためには、國民一人ひとりが、我が國の素晴らしい國体と歴史を心から理解する必要があります。

 この御所(ごぜ)に代表される葛城路の歴史などもそのひとつです。

 葛城氏はなぜ三代で滅んだのでしょうか?
 先日、福井県小浜市に仕事で行きました。ある方から頂いた名刺の住所が「遠敷」となっていました。なんて、読むのでしょうか?

昼顔

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 万葉集の歌です。大友家持の歌です。

高円(たかまど)の 野辺の容花(かほばな) 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも
 小浜に行ってきました。小浜はイーモバイルが使えないのでブログを書くことができませんでした。

 六月十一日から七十二候 芒種 次候です。芒種 次候は「腐草為蛍」です「ふそうほたるとなる」と読みます。腐った草が蒸れ蛍に生まれ変わるという意味です。かつての日本人は素敵ですね。自然と共に生きています。
 数年前、福井県福井市に毎月仕事で行っていました。1年間続きました。

北清事変の真実6

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 歴史が嫌いな人も確かにいるのでしょうけれど、正しい歴史を知らないと、外國と赤いメディアと官僚と日教組とNHKなどに騙されてしまいます。誤った判断で國を潰してしまいます。國を潰したい國民がいるのだろうか?

 それと、旅をしていて面白くないと思うのですがどうでしょうか? 先ほどの御所及び葛城路の記事もそうです。知っていると御所あたりを散策するのは旅として最高の楽しみを得ることができますが、知らないとただの田舎です。のどかに散歩してひばりの声を聞くぐらいでしょうか? 旅をしていて面白くないのではと思ってしまいます。

 歴史を正しく把握しましょう。柴五郎でしたね。

葛城路3

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 2011年9月11日掲載分です。昨日2009年と書きましたが2011年の誤りです。

御所3

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 御所に「一言さん」と呼ばれる一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)があります。ここが葛城氏の本拠地とみなされています。
 ったく、我が國の皇紀が何年かも知らない人がたくさんいるので、今日の日誌から皇紀を書くことにしました。神武天皇が即位されたのが、紀元前六百六十年ですから、西暦に六百六十を足せばいいのです。今上天皇陛下は百二十五代です。これをすらすら答えられない人は、どんなに知識があっても我が國國民ではない。國籍だけ日本人です。

 さて、世にも奇妙な会談(怪談)が行われたとします。

北清事変の真実5

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 よく「私は歴史が苦手だ」「國語が苦手だ」という人がいます。自覚症状がないのかもしれませんが、我が國を破壊している國民の一人だと思ってください。歴史と國語を、今の過った教育の「教科の一つ」ととらえている愚かな発言です。

 不況でも國は潰れません。戦争で敗けても國は潰れません。國民が國体と歴史と祖國語を疎かにした時に國は潰れます。今の、我が國は、國が潰れている状態です。先の発言をしている人たちは國を潰している人たちです。

 五月二十六日以来の「北清事変」の続きです。我が國がどれほど素晴らしい國であったかを知ってください。

 さあ、我が國を滅亡の危機から救った、柴五郎の登場です。

再 葛城路2

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 今回からタイトルを「葛城」から「葛城路」とします。2009年9月9日掲載分です。今掲載中の「御所」を併せてお読みください。本当に素敵な土地です。

御所市2

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 昨日、久しぶりに家に戻りました。ガミさんが伊勢神宮を創ったのは持統天皇だと言う話をして、息子と二人で大笑いしました。式年遷宮は確かにそうかもしれませんが(今、ガミさんは式年遷宮に凝っている)、伊勢神宮は、景行天皇の妹倭姫命(やまとひめ)が、天照大御神と旅をして、天照大神が「ここがいい」と仰ったので、今の地に落ち着きました。景行天皇は、垂仁天皇の御子です。日本武尊は景行天皇の息子です。日本武尊は、以前、このブログに書いた「ヤマトを救った琵琶湖の女神」(つまり神功皇后)の出身地である息長氏(おきながし)と日本武尊に嫉妬する、景行天皇の女性の一人の陰謀で命を落とします。

 でも、日本武尊に息子が皇位につきます。それが仲哀天皇(第十四代)です。仲哀天皇の后が神功皇后です。応神天皇の母です。応神天皇の御子が後の仁徳天皇です。このあたりの我が國の歴史は実に面白い。

 驚いたことは、息子が、この話を全て知っていて、きちんと説明してくれたことです。うれしい。学校のお勉強ができるだけではだめです。それと「古事記の神代は覚えているけれど人代をもう少し勉強したい」「古事記の原文をもう一度勉強したいから持って帰ってきてくれ」とのこと。世界一の親ばかチャンピオンの私が、久しぶりに親ばかを堪能した夜でした。

 さて、このシリーズ二回目です。葛城襲津彦(そつひこ)からでしたね。
 サッカーワールドカップが新聞紙上をにぎわせています。確かにすごいことですが・・・。
 昨日から、七十二候 芒種(ぼうしゅ) 初候です。

 七十二候 芒種 初候は「蟷螂生」です。「かまきりしょうず」と読みます。

 実は、私は蟷螂が大の苦手です。
 光源氏のやんごとなき妻 女三宮と柏木の間に生まれた不義の子の薫を紹介しています。その薫が、匂宮(薫の親友でありライバル:いずれ詳細を紹介)と共に、叔父八の宮の娘、大君(姉)と中君(妹)へ恋をしたところまで紹介しました。

再 葛城

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 このブログは書けば書くほど、機能が低下します。今は、ブログの過去記事検索ができない人がたくさんいらっしゃいます。カテゴリー訳もできなくなりました。どうすればいいんだろうか? 誰か教えてください。

 過去記事が検索できない方のために、定期的に過去記事を掲載しています。御所市を書き始めたので、折角ですから、過去書いた葛城地域のことをシリーズで再掲しましょう。2011年9月8日掲載分です。

御所市 1

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 JR東海の月刊誌「ひととき」六月号も素晴らしい。この月刊誌は、読んでいると心が温かくなります。さすが葛西さんが経営者の会社です。今月も「ひととき」を参考に、我が國の歴史を探訪しましょう。

 以前、奈良の地方銀行の依頼で、奈良県御所市でセミナーを行いました。

 

義(六月三日の日誌)

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 IK社長と「正義」とは何かについて話し合いました。せっかくですので、IK社長の仕事に関すること以外のことについて掲載しておきます。「義」ということについてです。「正」とは「一」と「止まる」です。

 だから正義とは、義の実現を懸命に追及するということです。

麦秋至

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 今は、七十二候 小まん 末候です。末候は、「麦秋至」です。

 「ばくしゅういたる」と読みます。
 参りました。

間違った政策

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 安倍さんががんばっていらっしゃるのと、ほとんどの政策が理にかなっているので黙っていました。でも、調子に乗った政府及び自民党及び官僚の連中が間違った政策を打ち出し始めているので、ちょっと一言。
 前総理大臣がよく古典の言葉を引用していました。でも、ことごとく使っている意味が違っていました。いったい、松下政経塾と言うのは何を教えているのでしょうか?
 2010年2月6日掲載分です。

受け止める力

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 あるサービス業のお店でずっと売上高の昨年対比微減が続いていました。

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