平成十七年(2005年)九月二十日に開始したブログの累計記事が、現在10,269通目です(後で数えなくていいように)。
このインタビュー記事を読んでくださると、私の今の仕事がよくわかります。
https://batonz.jp/partner_adviser/keieisenryakushitsu/
(すみません、このURLのアドレスを長い間書きましが得ていました。修正しました)
かつて小泉政権の時に拉致被害者の方たが5名が返ってきました。日本中がわきかえりました。不埒なメディアは、「一時帰国だ、すぐに北朝鮮に帰せ」と言いました。野党も、自民党も。それを阻止したのが安倍晋三元総理大臣と衆議院議員 中川昭一です。自分の子供が隣の家のとんでもない人間に拉致されて、交渉の末、一時帰宅がなったら、そんな約束は反故にして、隣に返しませんよね。
金正日は、拉致を認めました。
この時、本当に金正日は、日本との戦争を覚悟しました。でも、日本国民にその意識なしとしった金日正は残った拉致被害者を返しませんでした。日本国憲法「典」の平和主義です。自分だけ平和ならそれでいいという怖い平和主義です。そんな平和主義に慣れきった「主権者国民」は拉致被害者を取り戻す千載一遇のチャンスを逃しました。メディアも政治家も外務省も腰抜けでした。戦争をしとろ言っているのではありません。あの時、戦争も辞さぬという構えを日本が見せていれば、結果は違っていたでしょう。
ソビエト連邦は、1991年12月26日に最高会議で「消滅」を宣言し、正式に解体しました。
あの時も北方領土を取り返すチャンスでした。総理大臣は弱腰狸で外交センスゼロで東大文一卒だけがよりどころの宮澤喜一です。この時も「主権者国民」は北方領土を返せと言いませんでした。メディアも政治家も。私も。忸怩たる想いです。
ロシアはめためたでした。金で北方領土を買ってもよかった。軍艦を出しても良かった。ロシアというのは、二方面作戦を歴史においてとったことがない国です。榎本武揚はそれを知っていて千島樺太交換条約を結び安全保障を確保しました。明治の男たちならソ連崩壊後に北方領土を取り戻したでしょう。
今、ロシアはまたメタメタです。唯一の空母も壊れてしまい、海軍力は潜水艦だけです。原子力潜水艦は持っていますが、日本の潜水艦の敵ではありません。今のロシアは北朝鮮という日本の世田谷区ぐらいのGDPしかもたない国に頼っています。
メディアは国民はなぜ騒がない。政府はなぜ軍艦と潜水艦出さない。なぜ軍機を飛ばさない。軍事力は完全に日本のケイパビリティの方が上です。参院選の公約にもあがっていない。
またチャンスを逃すのか! 北方領土返還は菜葉の肥やしか(かけごえだけ)。
幸運の 女神は後ろが ハゲチャビン 通り過ぎると 捕まえられない
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