閉塞成冬

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 今日から、二十四節季 第二十一節季 大雪です。「おおゆき」と讀まないでくださいね。「たいせつ」です。「馬鹿にするな」と仰るかもしれませんが、最近、かういふことを聞かれてびつくりすることが多いので。

 本格的に雪が降り始める頃です。

沫雪(あわゆき)の ほどろほどろに 降り敷けば 平城(なら)の京(みやこ)し 思ほゆるかも

沫雪の 庭に降りしき 寒き夜を 手枕(たまくら)まかず 一人かも寢む

 上の歌が、大伴旅人、下の歌が大伴家持の歌です。どちらも万葉集に載つてゐます。和歌はきれいですね。子供のころから、和歌を徹底的に學習すれば、またあの美しい我が國に戻れるかもしれません。

 そして、今日から、七十二候 六十一候 大雪 初候 「閉塞成雪」です。「そらさむくふゆとなる」と讀みます。きれいな讀み方ですね~。我が國は美しい。

 「初雪の見參」といふ言葉があります。その冬、初めて降る雪を初雪と云ひますが、「初雪の見參」といふ言ひ方もあります。勇ましい言葉ですね。もとは、平安時代に初雪が降つた日に群臣が參内したことからこの言葉が出来たさうです。

 明日、十二月八日は、針供養です。家で裁縫をしなくなつたので、もう行われてゐないですね。私が小さい頃は、着物はほとんど賈つたことはありませんでした。私の子供の頃のオーバーコートを着た寫眞があります。父のコートを母が仕立て直してゐます。切る者は、ほとんどがお下がりで、母が仕立て直してゐました。どこの家でもそうでした。セーターも一度ほどいて、また編み直したりマフラーにしたりしてゐました。

 切つたり縫つたりは當たり前でした。ミシンもいつも動いてゐましたし、母はしよつちゆう針仕事をしてゐました。

 針供養は、折れた縫い針を神社に納めて供養する慣習です。神社に納めるだけでなく、豆腐に針をさしていたやうな・・・。

 十二月八日と二月八日「事八日」と呼ばれ、慎みをもつて過ごす農耕の始まりと終はりの日とされてゐました。

 この日は、針仕事を休みます。關西や九州では十二月、關東では二月が通常だつたんぢやないかなあ?

 女性の社會進出が叫ばれてゐます。もちろん、能力のある人は、どんどん出て行けばいい。でも、女性の社會進出のために、優遇すると云ふのは女性を馬鹿にしてゐると思ふのは私だけでせうか? 我が國の女性は優秀です。

 家庭の専業主婦も素晴らしい仕事ではありませんか。我が國を背負う子供を育てるのですから。我が國は、素晴らし婦道がありました。それが敗戰後消滅してから我が國がおかしくなりました。

 ギャーギャーうるさい、勝間とか辻本とかなんとか・・・。叫ぶのが得意な品のない女性が増えてきました。これつて女性の社会進出?易經でいふ、陰と陽が逆轉して世の中がうまくいくはずがありません。

夜遅く 目覺めてふいと 目をやれば 針仕事する 母の姿が

母はいつ 寢てゐるのかなと いつの日も 偉大なる母 大いなる母

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このページは、宝徳 健が2014年12月 7日 15:50に書いたブログ記事です。

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