どの本よりもわかりやすい古事記

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   今、教育基本法の改正が国会で審議されています。「国を愛する心」の記述で、もめているようですが、情けない国です。国を愛して何が悪いのでしょうか。愛 するということは、良いところも悪いところもすべて受け止めるということです。戦後GHQが日本に押しつけた戦争犯罪プログラム(ウォー・ギルト・イン フォメーション・プログラム)の申し子たちが訳の分からないことを言っています。特に、昭和二桁以降の生まれはこの考え方を強烈に植えつけられたため、そ の世代とその世代に育てられた人の多くがこの考え方を持つようです。
 古事記をみてもわかりますように、すばらしい文化です。それを、日本人のほとんどが知らないという嘆かわしい事実。 自分も含めて、私たちは、間違った 教育を受けてきたことの認識からスタートすることが大切です。
   さて、国を支配した山彦です。

 あるとき、トヨタマビメ(以下、ト)がたずねてきました。 ト「御子の子を宿しま した。天つ神の子を海の中で生むわけにはいきませんので、こうして訪ねてきました」。 山彦(以下、ヤ) ヤ「それはよかった、さっそく産屋(うぶや)を つくらせよう」。

 ところが、まだ産屋の屋根ができないうちにトヨタマビメが産気づきました。 ト「では、これから産屋に入ります。でも、出産のときは、女はみんな 故国の姿に戻ってしまいます。ですから、出産のときは、絶対に中をご覧にならないでください。 ヤ「わかった」

 とは、いうものの山彦は気になって仕方がありません。そっと、中を覗きました。すると、大きなワニ(西日本ではサメのことをワニと言います)が、 身悶えながら出産をしているではありませんか。これはたまらぬと山彦は逃げ出してしまいました。

 トヨタマビメは覗かれたことに気づき、産まれた赤子を残して、「なんで、ご覧になったのですか? もう私はここにいることはできません」と言い残 して海の世界に帰っていきました。

 トヨタマビメは、海の世界に帰ったものの、残してきた子供が気がかりでなりません。妹のタマヨリビメをわが子の養育係として送り出しました。

 そのとき、トヨタマビメが送った和歌が、
赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装いし 貴くありけり(あのかわいいこどもをどうか御子様 大切に育ててください)

 山彦が返した和歌が

沖つ鳥 鴨著く(かもどく)島に 我が率寝し(いねし) 妹は忘れ児 世のことごとに(ずっとこの子を大切にする)

 山彦はホオリノミコトといい高千穂の宮に580年間も住みました。山彦の子供は、その養育者であり、叔母でもあった、タマヨリビメと結婚しまし た。そして、生まれた子供が、初代天皇である 神武天皇です。

 次回から、神武天皇がこの国を支配していく過程が出てきます。
 とても面白い、昔の人の創造力のすばらしさがわかる古事記です。

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このページは、宝徳 健が2006年5月21日 08:48に書いたブログ記事です。

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