どの本よりもわかりやすい古事記 神代最終回

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   さあ、いよいよ最終回です。ご要望が多かったら、人代も書いていきたいと思います。人代は、有名なヤマトタケルノミコトなどが出てきます。
 みなさん、長い間お付き合いいただいて感謝申し上げます。神武天皇が后を迎えます。
   神武天皇は、日向に住んでいたとき、すでの妻と子がいましたが、大和に移ったので、新しい素晴らしい后を迎えることになりました。、
 部下の一人が言いました。「この大和地方には、神の御子と伝えられる乙女がいます。どうして神の御子というかをご説明しましょう」「昔、この近辺に、セ ヤダタタラヒメという娘がいました。ものすごく美人でした。三輪山にいます大物主命が、これは美しいと思い、自分の姿を矢に変えて、セヤダタタラヒメがト イレにいって用を足しているとき、ヒメの女陰めがけてその矢が突き上げたのです(なんのことはないトイレで強姦)。ヒメはビックリしてそのまま家に帰りま したら、その矢が素晴らしい若者に返信して、契り、子供が生まれました。ホトタタライススキヒメという名前です。ホト(女陰)とはあまりにも露骨過ぎるの で。ヒメタタライスケヨリヒメと呼ぶようになりました。三輪山の神様の落としだねですから、神の御子です」

 そこで、神武天皇はその娘を見に行き、いくつか歌を交わしたあとで、結婚なさいました。宮殿に行く前に夜をともにし、その後、宮殿に入りました。 その時の和歌が

葦原(あしはら)の しけしき小屋(おや)に 菅畳(すがたたみ) いや清敷(さやし)きて 我が二人寝し
(芦原の粗末な小屋に、菅で編んだ敷物をすがすがしく敷いて、二人で寝ましたね)

 こうして穏やかにお過ごしになっているうちにお生まれになられた御子のひとりに綏靖(すいぜい)天皇です。

神代はここで終わりです。

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このページは、宝徳 健が2006年6月 4日 12:03に書いたブログ記事です。

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