働くことの大切さ

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  この言葉も、私が偉そうに述べているのではなく、致知4月号の巻頭言で、稲盛和夫氏が書いていらっしゃる文章です。
 尊敬する、故出光佐三氏が、「働いて働いて働きぬけ」という言葉を使っていらっしゃいます。私は、若いときに、この言葉の意味が分からず、ずいぶん反発しました。働く=労働と考えてしまっていたのでしょうね。それと、遊びたくて仕方がありませんでした。「働いてばかりいたら遊べないじゃん!」と本気で思っていました。ずいぶん損をしたと感じています。
 働くことは修行。こんな単純なことに気付くのに48年もの歳月を使ってしまいました。さあ、人生、今から。もっと、修行しよっと。では、稲盛氏の言葉を紹介します。

<苦難は神様の贈り物>
 現代を生きる若者たちに、「働く」ことの大切さを教えなければならないと思います。
 私は若いときに多くの挫折を味わい、たくさんの苦労を経験しました。しかし、そんな苦難に挫けず、前向きに必死に働いてきたことで、今日の自分があることに気づき、一生懸命に働くことの大切さを痛感しているからです。
 大学卒業後、私は松風工業というつぶれかけた会社に、ようやく入社することができました。そんな私を見て、周囲は「稲盛君、君はかわいそうだよ。大学でよく勉強し、成績もよかったはずなのに、オンボロ会社にしか入れなかった。彼の人生はどうなっていくのだろう」と言っていました。
 しかし、いま思えば、それは神様がくれた最高の「贈り物」だったのです。私を赤字会社にしか行けないようにし、ファインセラミックの研究開発という仕事に打ち込むしかできないようにした―そのことが挫折続きの人生に終止符を打ち、新しい人生の扉を開いてくれたのです。
 私は不十分な設備しかない研究室で、当時未だ注目されていなかったファインセラミック材料の研究に、寝食を忘れ一心不乱に打ち込みました。その結果、新しい材料の開発に成功するなど、素晴らしい成果をあげることができました。しかし、新たな技術開発をめぐり、上司と対立し退社せざるをえなくなってしまいました。
 そして、そのような私を支援してくださる方々が、京セラをつくってくださいました。といっても、できたばかりの会社はいつつぶれるか分かりません。社員を路頭に迷わせないためには、以前にも増して、必死に働くしかありませんでした。
 そんな私をみて、周囲の人々はこう評しました。
 「あいつは運のない男だ。二十七歳という身空で、先行きのしれない会社の先頭に立ち身を粉にして働いている。あの苦労は報われるのだろうか」

 ところが、懸命に働いた努力は報われ、京セラは発展を続け、いまや一兆円を超える売上をあげるまでに成長を果たしました。また同時に、私自身の人生も、多くの方々のご支援を得て、想像もできないほど素晴らしいものとなりました。

 それは、私だけではありません。京セラの創業期をともに必死になって働き、苦労をともにした皆さんがそうでした。明日をも知れない、零細企業であった京セラに入社し、朝から晩まで一所懸命働いた。両親から「そこまで働くことはない。体を壊すから辞めなさい」と諭されたこともあるでしょう。それでも努力を惜しみませんでした。

 辞めていった人もいましたが、残った人たちは、苦労を苦労とも思わず、不平不満を漏らすことなく、明るい希望を抱きながら、夢中になって働き通しました。そんな仕事への打ち込みが素晴らしい人格を育んでくれたのです。当時、一緒に苦労した、どこにでもいそうな平凡な若者たちは、傑出したリーダーに成長し、その後の会社の発展を支え、いまは多くの人が幸せな日々を過ごしています。

<与えられた仕事を天職と考える>
 一所懸命働くことが、人生を素晴らしいものに導いてくれたのです。働くことは、まさに人生の試練や逆境さえも克服することができる「万病に効く薬」のようなものです。誰にも負けない努力を重ね、夢中になって働くことで、運命も大きく開けていくのです。

 人は得てして、恵まれた環境にあっても、与えられた仕事をつまらないと思い、不平不満を口にします。しかし、それで運命が好転するわけではありません。与えられた仕事を天職と思い、その仕事を好きになるよう努力し、さらに打ち込むのです。
 そうするうちに不平不満は消え、仕事も順調に進むようになっていくはずです。そして、さらに懸命に働き続けていくことで、素晴らしい考え方や人格をものにすることができ、結果とした物心ともに豊かな人生を送ることができるのです。

 現代の若者を見るとき、単にお金を得るためにだけ働けばいいという風潮がはびこり、耐えるということや、努力するということには意味がないと考える人々が増えているように思われます。それが、ニートやフリーターの増加につながっているのでしょう。
 どんな困難に直面しようとも、誰にも負けない努力を重ね、いつも明るく前向きな気持ちで懸命に働き続けることで、人生は必ずや豊かで実り多いものになる―このことを、人生の先達である我々が、いまを生きる若者たちに伝えることが責務であると思います。

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このページは、宝徳 健が2007年3月14日 04:43に書いたブログ記事です。

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