どの本よりわかりやすい南総里見八犬伝

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 現八が洞窟に行ったら変な男がいたところまででした。

義:犬川荘助(いぬかわそうすけ) 大塚村で蟇六・亀篠夫婦に雇われていた額蔵


忠: 犬山道節(いぬやまどうせつ) 浜路の兄。不思議な行者。
信:犬飼現八(いぬかいげんぱち) 大塚村の信乃の隣に住んでいた糠助の子供。古河で、 信乃と対決して一緒に行徳に流れていった。
孝:犬塚信乃(いぬづかしの) 大塚村の番作の子供 浜路の許婚
悌:犬田小文吾(いぬたのこぶ んご) 行徳の旅籠屋の息子
 男は言葉を続けました。

「十七年も昔のことですが静かに聞いてくだされ。さきほどあんたが射落とした妖怪は、この山の胎内くぐりのあたりに住んでいた山猫のばけものです。あいつは数百歳の年齢を経て、大きさは子牛のようで、神通自在、この山神、土神まで奴隷のようにつかっています。さきほどあいつの乗った馬は樹齢千年になる老木の精です。二人の従者は山神と土神でした。ところで私は生きた人間ではござらぬ。恥ずかしながら、この山から遠からぬ赤岩村の武士でした。十七年前の由布、自分の武芸をたのんで、石橋のところでみんなが止めるのも聞かず、この近くの岩まで来たときに、突風の音がして、砂埃を吹きつけ、思わず弓矢を投げ捨てて顔を伏せ眼をおおおった油断をうかがって、この岩窟から山猫が踊りだし、私の背後から背中にかけて仰向けに引き倒しました。山猫は私ののどにくらいついて私を殺しました。そして、死骸を岩窟に入れて食い飽きるほど食らったのです」

 さて、その後どうなることやら。つづく。

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このページは、宝徳 健が2010年4月20日 00:24に書いたブログ記事です。

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