支那紀行 その32

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 北京のホテルに着いてレストランに行きました。
 当時の支那は、なんとかこの貧困を脱しようと必死でした。欧米のまねをしたり、日本の真似をしたり。特に日本の真似をしようとしていました。

 宿泊した北京飯店は、他の都市とは違う近代的な施設でした。スタッフも全員英語が通じます。

 でも、まねだけでは・・・・。

 レストランでメニューを見ました。西安とは違い、本物の洋食もありました。突然宿泊しても、メニューはどれでも食べることができました。「メイオー(ない)」という言葉はスタッフから返ってきませんでした。

 私は、普段はあまり野菜サラダはあまり好んで食べません。でも、このときは、そういうメニューに飢えていたのですね、野菜サラダを一番に注文しました。

 野菜サラダが出てきました。ドレッシングがありません。スタッフに英語で「ドレッシングを下さい」と言いました。

 支那の得意中の得意がはじまりました。興味があること、わからないことがあると、私たちの周りを10人ぐらいが取り囲み協議します。

 このときも、私たちのテーブルを10人ぐらいのレストランスタッフが取り囲み、「ドレッシングとはなんだ」と答えの出ない協議をしていました。彼らは野菜サラダを食べるという習慣がないのでしょう。ドレッシングの存在を知らなかったのです。

「たとえば、マヨネーズとかトマトケチャップとか、そういうもので作った野菜サラダにかけて食べるものだ」

 と私たち二人は説明しました。すると、スタッフは「Oh,dressing is tomato  ketchup!」
と全員が叫び、納得した顔で、私たちのテーブルを去っていきました。全員が。

 その後、スタッフの一人が、大きなトマトケチャップの瓶を持ってきて、私たちのテーブルに「ドン!」と置いて、得意満面の顔(どや顔っていうんでしたっけ?)を私たちにプレゼントしてくれました。

「・・・・・」

 二人は言葉を発しないで、黙って、野菜サラダにトマトケチャップをつけて食べました(笑)。

 さあ、次の日。北京の初日は万里の長城に行こうということになりました。

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このページは、宝徳 健が2011年12月15日 06:47に書いたブログ記事です。

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