抜苦予楽

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 何の本を読んでいた時に書いてあったのかなあ。致知だったかなあ。「抜苦予楽」。いい言葉です。

 抜苦予楽(ばっくよらく)とは、仏や菩薩が、衆生(しゅうじょう:生命あるものすべて)の苦しみを抜いて不苦楽を与えることを言います。

抜苦(区を抜く)とは、悲です。予楽(楽を与える)とは、慈です。 慈悲。仏教の基本的な考え方として。この世の苦しみを解除して、至福の境地に至ることです。

 苦しみぬいて苦しみぬいて、そして、そのあとにくる、楽しさなのでしょうか。早くそういう境地になりたいものです。

天は人に 苦しい苦しい 宿題を くれるもそれは 抜苦与楽か

 では、シリーズで現代語訳している、正岡子規の「歌よみに与ふる書」を。「十(と)たび歌よみに与ふる書」の続きです

 昨日Ikさんが、坂の上の雲を何度も読むと、正岡子規の存在感がどんどん高まってくるとおっしゃっていました。同感です。

「新しいことを詠めというと、汽車、鉄道などいわゆる文明の機械を持ち出す人があるけれど、大いに了見が違っている。文明の機会は多く風流ではない。だから、歌に入りがたい。でも、もしこれらを詠む必要があるのなら、他に趣のある言葉などを配合するほかはない。それを何の配合もなく、「レールの上に風が吹く」などとやられては、殺風景の極みである。せめて、レールのそばにスミレが咲いているとか、または汽車の過ぎた後で、ケシが散るとか、ススキがそよぐなどと言うように、他のものを配合すれば、いくらか見栄えがよくなる。また殺風景なものは遠望する方がいい、菜の花の向こうに汽車が見えるとか、夏草の野末を汽車が走るなどというのも、殺風景を消す一つの手段である。いろいろ言ってきたことを今回取りまとめた。また他日、いろいろ申し上げることもあろう。」

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このページは、宝徳 健が2012年3月29日 06:02に書いたブログ記事です。

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