再 未来日本昔話

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 2009年12月30日掲載分です。
 さて、2100年 日本はつぶれています。おばあちゃんとまさる君の会話です。この未来日本昔話を見て 「いいすぎ」とか「書きすぎ」とかおっしゃる方が何人かいらっしゃいます。でも、私からすれば、ありもしなかったことを言う方が「いいすぎ」です。私たち が学校教育で学んできた日本の歴史、特に現代史は、ほとんど嘘なのです。正しい歴史を勉強しましょう。

「ねえ、おばあちゃん、明治とか昭和とか平成ってなあに?」
「ああ、これはね。元号といって、かつての日本は、天皇陛下が即位されるたびに、新しい元号が決まっていたんだよ」
「日本だけ?」

「かつては、中国とかにもあったんだけど、中国は、王政がつぶれてしまってからなくなったの。かつての日本だけが、古代中国の素晴らしい古典に基づいてつけていたんだよ。日本がつぶれてからなくなったけどね」

「そうなんだ。平成21年に、小沢という人が天皇陛下を政治利用したって本に載っていたんだけど」
「そうだね。ルールを無視して無理やり中国の副主席と天皇陛下の会見をセットしたんだよ」
「なぜ?」
「まずは、小沢がアメリカではなく、中国の属国になろうとしていたこと。まあ、中国と付き合うことで小沢はいろいろ利点があったんだろうね」
「ふ~ん」
「そ れと、その当事の中国は次の国家主席を誰にするかをめぐって、強烈な派閥争いがあったの。胡錦濤という国家主席の任期があと三年に迫っていたの。この当事 の中国はね、その前の国家主席である江沢民一派の勢力がとても強かったの。江沢民の一派は「太子党」といって、中国ができたころの権力者の子供たちの一派 で、胡錦濤の一派は「共青団」といって、平民から実力でのし上がってきた人たちの一派だったの。このふたつの派閥がものすごい権力闘争をしていたの」

「そうなんだ~」
「それでね、江沢民は、自分の一派の習近平という国家副主席を次の国家主席にしたくて、習近平を天皇陛下に無理やり会わせようとしたの」

「日本の天皇陛下はそんな力があるの?」
「世界中に認められていたからね。国が始まってからずっと、国家元首が変わらないなんてまさに奇跡なのね。だから、日本の天皇陛下は世界から尊敬を集めていた の。その二十年ぐらい前に天安事件という、中国の軍隊が自分の国の中国の国民を武力弾圧して殺すというひどい事件が起きたときに、中国は世界から総すかん をくらったときがあったの。このときも、中国はその事態を打開するために、日本の天皇陛下の訪中を日本にお願いしたの」
「それでどうなったの?」

「国民はこぞって反対したんだけど、時の総理大臣の宮沢っていう人が、了解してしまったの。天皇陛下が訪中すると他の国々は中国を認めざるを得なかったの。そのとき、中国は、南京大虐殺とか、戦争責任とか、過去の日本は問わないという約束をしたの」
「で、その約束は守られたの?」

「とんでもない。江沢民は訪日して、国会で歴史認識の変更をせまり、靖国神社問題、教科書、ガス田、毒入り餃子問題で居直り、どんどん要求が強くなっていったわ」
「そんなの、うそつきじゃん」
「それが国際政治なのよ。弱みを見せるとどんどんつけこんでくる」

「習近平は?」
「そのとき、胡錦濤派のある副主席と次の主席を争っていたの。だから、天皇陛下と会見して自分の立場を明確にしたかったの」
「へー。そんなことがあったんだ」

「そうよ。そうやってどんどん、民主党政権は中国よりになってしまって、日本はアメリカとの関係を薄くしてしまって、安全保障がでたらめになったの。国がつぶれたひとつの大きな要因よ」

「自国のことをしっかりとしらないととんでもないことになるね」
「そうよ。あっ、まさる、今日は、空也の最中を持ってお帰り。昔の日本の東京で有名な、最中だよ。今、なかなか手に入らないけど、知り合いに頼んで注文しておいたの」
「わーい。僕、最中大好き。おばあちゃんも大好き」
「はいはい(笑)」

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このページは、宝徳 健が2013年4月26日 08:35に書いたブログ記事です。

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