再 未来日本昔話

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 2010年1月23日掲載分です。
 大好評の未来日本昔話はちょっと一休みします。というのが、いよいよ、おばあちゃんとまさる君の会話が日本の植民地統治に入っていきます。

 正しい日本の歴史を学習していない私たち戦後の日本人は、ちょっと必要なことを知らないと、おばあちゃんとまさる君の会話についていけなくなります。

 そこで何回かに分けて、朝鮮、台湾、満州のことを書きます。まずは、朝鮮を何回かにわけて。

 今年は日韓併合100周年です。またまたあちらも正しい歴史を学んでいない、韓国の学生とか政治家達が大騒ぎするでしょうね。そして、変に正しい歴史を 学んでいない日本にも同調する人がたくさん。まったくおかしな話です。

 明の国と朝鮮半島の李氏朝鮮は兄弟のような国でした。明は白蓮教徒(びゃくれんきょうと)の明主が建てた国だったので明といいます。その前の「元」に宗教反乱で立ち向かい、モンゴル人の放漫な紙幣濫発政策に対する反省から、当初は反商業国家として誕生しました。同時期成立の李氏朝鮮は、これを真似しました。でも、明は、その政策の誤りに気づき、方向転換しますが、そのときも、朝鮮は反商業政策を捨てませんでした。

 この当時の朝鮮には、筆屋くらいしかなく、人々は市場と行商人に頼っていました。曲げ物の技術がなく、車輪も樽もありませんでした。物は背負子(しょいこ)に担いで人が運びました。染料も顔料もありませんので、民間人は白衣、陶磁器は白磁だ けでした。李氏朝鮮は、いわば、世界が中世期の頃に、古代国家として発生したインカ帝国に近い存在ということができます。


 このような国を併合した近代日本から染料が入ると、白衣は柄入りで染められ「倭風」と称されました。リヤカーが来ると車がなかったため、ハングルでリアカーが「クルマ」と今でも呼ばれています。日本が統治していたときは、年平均で3.7%の経済成長を遂げていました。

  さて、一度にはなんですから、今日はここまでにしましょう。いかに、日本の戦後の学校教育がウソを教えていたかがわかってきます。はっきり申し上げて、欧米の基準を用いるなら、日本が台湾、朝鮮、満州にしたことは、あれは植民地化ではありません。断じて。これが事実です。では、なぜ、これが事実か、すこ~ しずつお話しますね。

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このページは、宝徳 健が2013年5月12日 05:18に書いたブログ記事です。

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