再 未来日本昔話

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 2010年1月26日掲載分です。
 鳩山政権のひどさがましていますね。沖縄県民の心をもてあそびました。国政の問題を地方選挙で決めるの なら、何にも出来なくなります。どの地域の住民もみんなそれぞれ、国家の為に負担をしています。政治は公平性が求められますが平等にはできないのです。沖縄の人たちに過度の負担を強いているのはわかっています。でも、それを一旦は覚悟をしていただいて沖縄の方々は受け入れたのです。民主党が沖縄の人たちを もてあそんだ罪は重い。

 国家安全保障というのは、国家にとって最重要課題です。特に、世界で最も軍事力が集中するこの東アジアで日米同盟とはな くてはならない存在です。もし、日本が日米同盟を破棄するのであれば、最低GDPの3%の防衛予算が必要になります。今の三倍です。また、いちいち、国政の問題を地方選挙に委ねていたら、原子力発電も、空港も、鉄道も、社会的インフラ整備が何もできなくなります。そこにリスクと責任を負うのが国政です。

 政治資金問題もひどい。国会証人喚問を要請すると「検察の調査が・・・」というくせに、検察に難癖をつけている。始まったばかりなのに末期的な政権とは、史上初めてではないでしょうか。

  アメリカは、今年の日米安保50周年に際し、オバマ大統領と鳩山の共同メッセージを出さないことを、既に日本に通達していたそうです(民主党は隠していま したが)。もし、変な形になって、大統領に迷惑がかかるのを恐れたそうです。外務大臣・防衛大臣(アメリカでは国務長官・国防長官)の事務レベルメッセー ジになるそうです。相当怒っていますね。日米同盟の危機です。日本はまた不幸な戦争の道に歩まなくてはならなくなるかもしれません。大東亜戦争前と同じよ うな状況になってきました。民主党の愚策をこれ以上国民が認めてはだめです。

 さて、久しぶりの未来日本昔話です。時は2100年。日本はすでにつぶれているといった内容で、おばあちゃんとまさる君が話し合います。こんな政治を認めていたら、この話が実話になりそうです。民主党の政治はあ きれるとか批判するとかいったレベルを通り越して、恐くて仕方がありません。

「おばあちゃん、僕も勉強したけど、日本がかつて植民地政策をしていたことをもっと話し合って理解を深めたいんだけど」
「まさる、いいよ。自分の国に都合がいいことだけじゃなく、悪い事もきちんと勉強しないとね。でないと、言論統制になってしまうからね。でもね、日本の植民地 政策を学ぶ前に、欧米ではどのような植民地政策をとっていたかを知らないと、日本の植民地政策がいかに良いものだったかがわからないんだよ」
「うん、それも勉強したい」

「長くなるから、この話題も何回かに分けようね。こんな話があるの。JRは昔、国鉄と言ったの。国鉄リニアモーターカー生みの親として知られている京谷という人がパキスタン国営鉄道の招きで技術指導に行ったの。パキスタンでは脱線事故が頻繁に起きていたから」
「日本は起きなかったの?」
「日本は、中越沖大地震があったときも、新幹線は脱輪だけで済んだんだよ」
「へー、すごいね」

「そう、このとき、各国は日本の鉄道技術を絶賛したの。ありえないって。でもね、そのとき、マスコミは、安全対策がなっていないって批判したの。ものすごく大きな地震だったのにだよ」
「マスコミってほんとうに不勉強だね」
「そうだよ。極力信じないようにしないとね。その技師さんが、パキスタンで、車両の下にもぐりこんで油まみれになって事故の原因を調べていたら、パキスタン人の技師は白手袋で、京谷技師を見下ろしていたの?」

「はっ? ごめん、おばあちゃん、意味がわからない」
「パ キスタンはその昔英国の植民地だったの。英国人は、手を汚して働く人間をそういう風に見下していたからパキスタン人はその真似をしたの。京谷技師は、彼らに、油まみれの部品をぽんと渡したの。白手袋をしたパキスタン人の技師は憮然としたけど、京谷さんは敢然と言ったの。上に立つ者が率先して技術を学ばなけ れば事故は防げないって。おかげでパキスタンから脱線事故が嘘のように消えたの。京谷氏の顕彰碑が今でもパキスタンに残っているのよ」

「すごいね」
「京谷氏が帰国するときに、パキスタン人の技師が京谷さんに語ったことがあるの」
「なになに?」

「その技師のお父さんのことだよ。パキスタンが英国の植民地時代のある日、英国人が機関車を指して、お前らにはこんな高度なメカを創る能力が無いと言ったの。 そうしたら、その技師のお父さんは、がんばって、仲間たちと設計図を引いて蒸気機関車の十分の一のモデルを作り、英国人の目の前で走らせたの」
「すごいじゃん。英国人はびっくりして褒めたんでしょ?」

「それがそうじゃないの。英国人は彼らを冷たい目で見つめたの。そして、間もなくその技師のお父さんと仲間は呼び出されて処刑されたの」
「おばあちゃん、まったく意味がわからない」

「欧米の植民地政策の要は『愚民化政策』なの。知恵は白人のもので、植民地の民をいかに馬鹿にするかが政策の中心だったの。教育なんかはなるべくさせないようにするし、インド支配では、巧みに近代化の目覚めを奪おうとしたの」
「ひどいね。日本はそうじゃなかったの?」
「そうじゃなかったのよ。でも、日本の話はまた今度ね。まだまだ、欧米の植民地政策の話が続くから」

「なのに、日本だけ侵略戦争って言われているジャン!」
「戦後の教育がめちゃくちゃだったからね。国民が嘘を認めてしまったからそうなったの。悲しいね」
「ほんとうに悲しい。おばあちゃん、しっかりと勉強したい」
「うん、明日も勉強しよう。良いことも悪いこともしっかりと勉強して『誰が正しいか、ではなく、何が正しいか』を追求できる人間になるんだよ」
「うん。わかっている。じゃないと、一身独立して一国独立すにならないよね」
「いい子だね。じゃあ、今日のご褒美のおやつは、北海道帯広の『三方六』だよ。有名な俳優だった、森繁久弥さんが好物だったお菓子だよ」
「おばあちゃん、北海道ってロシア領じゃなかったっけ?」

「そうだよ。でもね、まさるのために、おばあちゃんの古い知り合いの方から、こっそり送ってもらったの。誰にも言っちゃだめだよ。食べてごらん」
「うわぁ~、これもおいしいね! おばあちゃん、ありがとう」
「たくさんお食べ」

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このページは、宝徳 健が2013年5月15日 05:02に書いたブログ記事です。

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