百人一首 八十七

| コメント(0) | トラックバック(0)
村雨の 露もまだひぬ 眞木の葉に 霧立のぼる 秋の夕暮れ

 寂蓮法師の歌です。有名な歌ですね。

「にはか雨が通り過ぎて、その露もまだ乾かないすぎや檜などの葉に、霧が立ちのぼつてゐる秋の夕暮れだ」

 英語では雨はrainだけです。

 我が國では、秋霖(しゅうりん:秋の長雨)、時雨(しぐれ)、五月雨(さみだれ)、虎が雨(とらがあめ:五月二十八日に降る雨:解説省略)、八重雨(やえあめ)、村雨・・・・・・・・・。

 我が國臣民の季節や自然に對する繊細な感受性はすばらしい。

 色もさうです。例えば黄色ですが、英語ではyellowにせいぜいdarkかlightがつくぐらいですが、我が國は違ひます。黄色、橙色(だいだいいろ)、柑子色(こうじいろ)、弁柄色(べんがらいろ)、代赭色(たいしゃいろ)、黄蘗色(きはだいろ)、刈安色(かりやすいろ)、欝金色(うこんいろ)、支子色(くちなしいろ)、藤黄色(とうおういろ)、桑色、檸檬色、山吹色、象牙色・・・・・・・、枚挙に暇がありません。

 情緒豐な國土で育つた我が國臣民のなさる業です。小學校から英語敎育など、およそ信じられない愚かな話がありますが、その前に、國語を敎へなければ、ただの英語を話すけだけのおバカさんが出来てしいまひます。

 おつと、話を和歌に戻します。村雨は秋に降るにはか雨です。眞木とは、杉や檜、松といつた常緑樹をさします。

 にはかに雨があがり、滴の乾かない杉木立の間から、白い霧が静かに立ち昇つてゐます。その霧がやがて、山全体を包み込むやうに白いベールでおおつてゐきます。そんな秋の夕暮れの風景。

 この歌が廣く知られてゐる理由がわかります。壮大です。

 まるで一連の水墨画を觀るやうです。秋に詠まれるといへば、紅葉が多いのですが、あえて常緑樹を詠んだ寂蓮法師に脱帽です。



トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/5529

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2014年8月 1日 04:12に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「怒られた(T_T)(皇紀弍千六百七十四年七月三十日の日誌)」です。

次のブログ記事は「予と謙」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。