金閣寺(歴史的仮名遣ひと正しい漢字)

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 お父さんが亡くなります。さういへば、この主人公にの名前が出てきません。今、氣づきました。さすが三島由紀夫です。
 あれほど失望を與へた金閣も、安岡へかへつたのちの日に日に、私の心の中でまた美しさを蘇らせ、いつかは、見る前よりも美しい金閣となつた。どこが美しいといふことはできなかつた。夢想に育まれたものが、一旦現實の修正を經て、却つて夢想を刺激するやうになつたとみえる。

 もう私は、屬目の風景や事物に、金閣の幻影を追はなくなつた。金閣はだんだんに深く、堅固に、實在するやうになつた。その柱の一本一本、華頭窓、屋根、頂きの鳳凰なども、手に觸れるやうにはつきりと目の前に浮かんだ。孅細な細部、複雜な全容はお互ひに照應し、音樂の一小節を思ひ出すことから、その全貌が流れだすやうに、どの一部分をとりだしてみても、金閣の全貌が鳴り響いた。

「地上でもつとも美しいものは金閣だと、お父さんが言はれたのは本當です」

 とはじめて、私は父に手紙を書いた。父は私を叔父の家に連れ戻すと、すぐ又寂しい岬の寺にかへつてゐた。

 折り返して、母からの電報を届いた。父は夥しい血をして死んでゐた。

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このページは、宝徳 健が2014年9月21日 05:04に書いたブログ記事です。

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