凛として 二十五

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 竹鶴政孝氏の本を讀んでも、鳥井さんの本を讀んでも、もちろん、私が最も私淑する故出光佐三翁の本を讀んでも、はっきりすることがあります。敗戰後の堕落した私達ではないといふことです。

 私たちは、勝手に夢をあきらめる。私たちは、勝手に自分たちを決めつける。私たちは、何の考へもなしに、自分たちが一番進化した人間だと思ひこむ。私たちは、本當の我が國を知らない。

 ただのお馬鹿さんです。

 もう一度、我が國臣民が夢を創ることができる國にしないと。私達大人が先づは自覺することです。自分たちが情けないことをしることです。

 つづきです。
 鳥井と政孝を悩ませたのは酒税の問題だった。当時はできた酒に一石いくらと課税する造石税だったが、ウイスキーは長期熟成が必要だ。倉庫で寝かしているうちに蒸発などによる欠減分がでる。政孝は大阪税務監督局に通い続け、出荷のときに課税する「倉出税方式」が採用されることになった。

 山崎工場には秋になると大量の大麦や樽などが運ばれていった。しかし製品は出てこない

 地元では「けったいな工場や」とうわさになり、壽屋社内でも投資だけ続くことが再び問題になっていた。

 昭和三(1928)年秋、さすたの鳥井も「そろそろ丸四年や。どうやろ?」と政孝に声をかけた。

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このページは、宝徳 健が2014年10月27日 20:42に書いたブログ記事です。

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