金閣寺(歴史的假名遣ひと正しい漢字)

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 主人公の金閣に對する思ひが強くなつてきてゐます。
 その一年間、私が經も習はず、本も讀まず、來る日も来る日も、修身と敎練と武道と、工場や強制疎開の手つだひとで、明け暮れてゐたことを考へてもらひたい。私の夢みがちな性格は助長され、戰爭のおかげで、人生は私から遠のいてゐた。戰爭とはわれわれ少年にとつて、一個の夢のやうな實質なき慌しい體驗であり、人生の意味から遮斷された隔離病棟のやうなものであつた。

 昭和十九年の十一月に、B29の東京初爆撃があつた當座は、今日とも明日にも空襲を受けるかと思はれた。京都全市が火に包まれることが、私のひそかな夢になつた。この都はあまりにも古いものをそのままの形で守り、多くの神社佛閣がその中から生まれた灼熱の灰の記憶を忘れてゐた。應仁の大亂がどんなにこの都を荒廢させたかと想像すると、私には京都があまり永く、戰火の不安を忘れてゐたことから、その美の幾分かを失つてゐることを思ふのであつた。

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このページは、宝徳 健が2014年11月 3日 20:52に書いたブログ記事です。

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