「自分探し」の下手な人(皇紀弍千六百七十五年二月二十六日)

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 「人を殺す」といふことが毎日のやうに新聞記事としてみられます。なんと「なぜ人を殺してはダメか」といふ言葉を發するキチガイもゐるとか。

 「個人の自由な發想に委ねる」といふ、敗戰後の過つた不埒な敎育の失敗例そのものです。

 以前、新幹線に乘つたときに、中學生の修学旅行と同じ車両に乘りあはせました。うるさいことうるさいこと。「おい、担任の先生はどこだ!他の客に迷惑をかけていることをなぜ注意しない」と云ひました。担任の先生とおぼしき人間は、私の方をちらっとみたただけでした。ツカツカとその担任の先生のところにいき、担任だと確認して、再度同じことを云ひました。すると「子供たちの自由ですから」と・・・・・・・。

 生徒の何人かは、私の方を一瞥して、馬鹿にしたやうな顔をしてゐます。その何人かの顔をみたときに・・・。
 腹が立つよりも、「ゾッと」しました。絶対に一緒の家族ではないはずなのに、みんな同じ顔をしてゐるのです。醜い同じ顔を。個性と云ひながら、他の人間と見分けがつかない同じ顔を作つてしまつているのです。

 個性個性と叫びながら、その實は、人間として一番樂な生き方をしてゐるので、同じ醜い顔になつてしまふのですね。

 旧約聖書の、ソドムとゴモラに街の話を、その時、思ひ出しました。あまりにも人間が好き勝手なことをやるので、神が街を焼き払つてしまつたのです。

 「好き勝手」にやるから、「自分」が見つかりません。「何をやつてよいかわからない」「どうやつて生きたらよいかわからない」「落ち込む」などといふ、およそ「世紀の暇人」がたくさんいます。彼らが犯罪に手をつけます。

 譯がわかりません。アホです。

 結局、「過つた個性敎育」は、「自分の使命探しと追求」といふ天命を果たす人間本來のあり方から、どんどんかけ離れて行きます。

 天命を探し、そして、見つけ、見つけたらそれを「一隅を照らす」生き方で、公の中でコツコツと果たしていくことが我が國臣民の八千數百年間のあり方でした。だから我が國は世界で唯一歴史が繼續しました。

 つまり、「自分探し」など、不要な、美しい民族だつたのです。「私」よりも「公」を優先した、背私向公の美しい社会を築いてきました。

 敗戰後、むちゃくちゃになりました(それでも、歐米や支那や朝鮮よりましですが)。

 敗戰前にもどれとはいひません。しかし、せめて我が國の國體ぐらい知る日本人になりませう。

暇人が 落ち込むいふ 言葉にて 逃げの世界に どんどん逃げる

 「落ち込む」などといふ言葉を使ふのは暇人のやることです。

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このページは、宝徳 健が2015年2月26日 03:29に書いたブログ記事です。

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