本の言葉と自分の生き方を検証する

| コメント(0) | トラックバック(0)
  ひよこクラブでも紹介した、伊與田覺氏の「「人に長たる者」の人間学」です。ちょっと強烈なぐらいすごい本ですし、このような感覚は経営者には絶対に必要です。SOEを支える本たちにも近々のせます。
 また、この「本の言葉と自分の行き方を検証する」ですが、私が本を読むスピードとこのブログを書くスピードが一致しないので、今後は、対象となる本がバラバラになって出てくると思います。同じことが何度も出てくると思います。ご了承ください。
 今日は、「一万回の祈り」です。ルーティンができるようになったなどとほざいている私は、強烈なパンチをくらいました。
  

本文抜粋
「 松下幸之助さんは、何か大事を思いついて、これをなそうと思うときには、「一万回の祈りを捧げることだ」といっていますね。一万回の祈り。祈りとはなんぞや。思うことである。そのことを思い続けること。一万回、これは気まぐれではできません。
 もし、一日に一回そのことを思うたら、勘定してごらんなさい、何年になるか。大体二十七年かかる。一日に三回思うたら九年ぐらい、一日に十回思うたら三年近くかかる。
「石の上にも三年」という言葉もあります。一日、こいつをなんとかできるようにと思う。そうすると形に現われてくるようになる。
 ちょっと、形に表れてくるようになると、人はこれを信用するようになります。人間というのは、何か物を見せないと信用しない。何かしるしが出てくると「あっ、やっぱりこれは現実だな」となる。それで「あっ、これならできる」というので、一般の人はそれに協力をするようになる。内側にあって外に現われないが、しかし隠れたる努力というものが、これを導き出していく。
 そのことを松下さんはいっております。我々のようなのは一万回ではなかなか。十万回いうてもアカンときもあった。あるけれども、少なくとも普通のことなら一万回も思えば、ということであります」

 どうでしょう。特にひよこクラブの仲間。私は、今、ものすごく衝撃を受けています。ルーティンで、毎朝、仕事を考えながら瞑想をしています。でも、たったの一回です。いつ実現するのでしょうか。
 「なそうと思ったこと」、つまり、会社の目標なんかもそうですね。なのに、この「一万回」を忘れて、実現しないことを自分以外の責任にしてしまう。
 思い出しませんか? 宇佐美史郎シリーズで、私が親父に「人ってどうしたら言うこと聞くの?」とたずねたら、「一万回同じことを言え!」とぼそっと。
 私は、今までこの意味を曲解していました。「一万回言うつもりでいれば、50回くらいは言う。50回くらい言えば人は言うことを聞くだろう」と。
 「なそうと思ったこと」を実現する。あの人と意識を共有したい。一万回言う。この気持ちを持たないと。
経営目標を設定します。本当にこんな真摯な気持ちで目標達成を祈っているだろうか。
 私たちコンサルタントも、経営者からのリクエストはこんな気持ちを持たないと。また、新たな人生の宿題をいただきました。感謝合掌。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.soepark.jp/mot/mt/mt-tb.cgi/2411

コメントする

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type 4.261

このブログ記事について

このページは、宝徳 健が2007年4月23日 08:57に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「心を広くする(4月22日の日誌)」です。

次のブログ記事は「経営資源は削るのではなくて使うもの(4月23日の日誌)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。