ゲーム分析

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   精神分析学の言葉に「性格の鎧(よろい)」というものがあります。言い換えると、性格防衛。ゲームはまさに性格防衛なのです。ゲームを起して人を混乱させることで、心の安定(ホメオスタシス)を求めます。
 人は普通、内的な葛藤の解決を特定の症状に訴える結果としてノイローゼになります。しかし、これに対して、症状よりも、その人の全体の性格で反応する人がいるのです。この種の人は、自分が幼児期に獲得した葛藤の解決方法にしがみつき、それを唯一の適応法と考えて、硬く固執して反復する傾向があります。また、それによって、満足を得るのです。その固執している適応法を断念して、新しいやり方で葛藤を解決する方法を学ぼうとしません。
 だから、ゲームをしない、巻き込まれない。どうすればいいかは、少しずつ述べていきます。まずは、しない、巻き込まれないために、ゲームの数ある内容を知ってください。

【はい、でも】
いつくかの会話を挙げます。
(ケース1)
A「近頃の若い者は無責任で困るんですよ。何か新しい教育の方法みたいなものはありませんかねぇ、先生」
B「いいことがあるよ。○○研究所の、能力開発室に相談したまえ。いろいろ新しい方法を研究して企業の実情に合った教育をデザインしてくれるよ」
A「でも、あそこは高くって。とてもうちの予算では無理です」
B「それじゃ、Y大学の××先生へ相談してみたら?」
A「大学の先生ねぇ。大学の先生は、理屈が多くて」
B「なんだ、あなたがやる気が無いんじゃないか。若い者って言うけど腹を割って話し合ったことあるのか!」
A[それがやってみるんですけどねぇ。いつもしらけちゃうんですよ」

 このように、相談して出してもらった答えをことごとく否定しています。これは、相談をしながら、実は深層心理で「おまえのいうことなんか聞かないよ」と叫び、相手を怒らせて、自分の存在意義を無自覚的に確認しています。 私たちコンサルタントが巻き込まれやすいゲームです。

 同じゲームです。医療現場でもよく起きます。

患者「先生どうしたらいいのでしょう。私の頭痛を治すには・」
医者「今のあなたの頭痛は、もう心理的要因しかないんだから、リラックスして二三日休んでください」
患者「でも、生活のことを考えたら、休める状態ではないんです」
医者「では、生活保護を受けてみたら?」
患者「ところが生活保護を受けるほどの状態ではないし、それに、私にはその資格がないんです」
医者「では、自律訓練法っていうのがあるけど、やってみますか?」
患者「もう、それやったんですよね。でも、あれ、私には合わないんです」

 こういう状態で、医者は何を言っても否定されますから、いらいらします。ゲームは恐くて、一度巻き込まれると、私たち素人では、抜け出すことはまず無理です。そこで、恐ろしいほどの時間の浪費が行われます。

 「はい、でも」ゲームの場合、相談者が相手のアドバイスが出尽くすまで、否定し続けます。そして、相手のプランがなくなったところで、「あなたは、無能者だ・・・・・」 と思い、相手は、耐えられない屈辱を味わいます。相手の心に、その屈辱感を植えつけて、自分の存在意義を無自覚的に植え付けます。

 あ~、こわ。でも、よくあることなんだよね~。

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このページは、宝徳 健が2007年4月13日 04:46に書いたブログ記事です。

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