「つつみ」と「むすび」 その2

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 昨日の続きです。

 祝儀の進物として欠くことができないのが「熨斗(のし)」です。熨斗というのは、本体鮑(あわび)の肉を薄く細長く削り、これを伸ばして干したものです。昔は、祝儀袋の右肩に紅白の折り紙を付け、この中に差し込まれている細長い短冊がありました。これが「熨斗」で、「熨斗袋」の名前はこれに由来しています。
 鮑は高価で貴重なので、代わりに「伸しするめ」を挟み込んだものや、簡略化して「のし」と書く場合もあったそうです。これを「書きのし」といいます。この「書きのし」には、新年の挨拶として年賀の品に、半紙一帖を進物包みにして、右肩に「のし」と書いて水引を掛けて添えることがあったりしました。

 何でも、沖縄の首里には、「のし饅頭」というものがあるそうです。慶事用のときには、饅頭の上にじ直に饅頭の上に朱で「のし」と筆書きするそうです。 日本の文化は素敵ですね。こんな文化を創ってくれた私たちの祖先に感謝します。 つづく

 では、拙首です。

なにげなく 使う袋に こめられた  祖先の知恵と 文化のかほり

 正岡子規の「歌よみに与ふる書」を現代語訳しています。「あきまろに答ふ」のつづきです。

 歌についても、今まで大体を示すのに忙しくて、細かいところを議論する機会がなかった。「も」の字のことも同じである。心理学者が普通にいうように、心の働きを智情意の三つに分ければ、以前から「歌は感情的にならざるべからず」などという感情とは、この「情」の一部分であって、理屈とは「智」の一部分にあたる。では、理屈とは「智」の如何なる部分かというと、その限界を示すことはできないけれど、要するに智の最も複雑な部分がレベルの高い理屈である。それが簡単になればなるほど、レベルの低い理屈になる訳である。

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このページは、宝徳 健が2012年4月 3日 06:29に書いたブログ記事です。

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