最年少脳死移植

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 新聞やTVで報道されているので、もうご存知のことと思います。
 富山大学付属病院で6歳未満として脳死と判断された男の子心臓、肝臓、腎臓の移植手術が、国内3箇所の病院で行われました。心臓は、大阪大学付属病院に搬送され、8歳の女の子に移植されました。手術は成功しました。

 一部ごちゃごちゃ言っているメディアもいますが、こういうメディアは人の気持ちを考えたことがあるのだろうか?

 特にご両親の気持ちを。わが子を亡くすというのは、この世の中のどんな悲しみよりもつらいものです。その中で、他の子に移植する決断をされました。私だったらできるだろうか?

 すばらしいご両親です。メディアのみなさん、もう騒ぐのはやめましょう。暖かく見守りましょう。

生かされる 天に召された この命 哀しみのなかに 思ひをつなぐ

 万葉集からです。大化の改新で有名な中大兄皇子が大和三山について、歌っています。

香具山は 畝傍(うねび)ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古へも 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき

 有名な、大和三山がお互い恋敵として争っていることを詠んでいます。山を人とみたてる日本の古代人のすばらしさです。「香具山は、畝傍やまをいとしいとして、耳梨山と争った。神代からこんなものなのだろうと、古(いにし)えもそうだったからこそ、今の世の人も妻を取り合って争うらしい」

 もうひとつ、中大兄皇子は後の天智天皇です。天智天皇は、弟の大海人皇子と額田王をめぐって争いました。額田王は本当は大海人皇子が好きだったのですが、力の強い天智天皇へ行ってしまいます。

 古代日本人にとって、人を愛するということはとても大切なことだったのですね。現代人の私たちも見習いたいものです。

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このページは、宝徳 健が2012年6月16日 04:08に書いたブログ記事です。

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