太宰治2

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 七月十四日の読売新聞日曜版に載っていた太宰治の記事の続きです。こういう記事はいいですね。太宰に惚れそう(笑)。メディアにもこれだけレベルの高い人がたくさんいればいいのですがね。
 今日は二回目。まだまだ続きますし、ちょっと、太宰研究をしてみたくなりました。
 御坂峠は海抜1300メートル。富士山が世界文化遺産に決まった翌6月23日、峠の天下茶屋を訪れた。名物ほうとう鍋を食べた後、3代目主人、外川満さん(69)が、太宰治を世話した母親から聞いたエピソードを話してくれた。とても明るく、背は高く、色白だったこと。「ほうとう」を出された時、「放蕩」と言われたと思ってか、ギョッとした顔になったこと・・・。「『ほうとう鍋』と言えば、太宰さんは驚かなかったでしょうね」と笑顔で語る。思わずこちらも笑ってしまった。

 あいにくの曇天で、富士は見えなかったが、外川さんは「この季節の空気は透明。山肌の色合いも手に取るようにわかり、スカッとした一番の富士」と胸を張った。

 太宰が茶屋に滞在中、ドテラから毛脛(けずね)を出し、這うようによじ登った海抜1785メートルの三ツ峠に向かった。この富士見の名所も霧に包まれていた。『富嶽百景』では、気の毒がった茶屋の人が、店の富士の写真を持ち出し、「ちょうどこの辺に、このとおりに、こんなに大きく、こんなにはっきり、このとおりに見えます」と懸命に説明、主人公は「いい富士を見た」と思う。私も外川さんが語るスカッとした富士を思い浮かべた。

 三ツ峠からは、「太宰治が歩いた文学コース」という文句に惹かれ、太宰のパロディー小説「カチカチ山」の舞台になった天上山のロープウェイ展望台に向かった。所要時間3時間半。運動不足の中年にはきつい。兎から背中に火をつけられ、泥舟に乗せられた狸のように音を吐いた。足は棒。太宰に惚れたが悪かった。

 火打石を打つカチカチという音、火がボウボウ燃える山というのは物語の話だが、舞台となった河口湖周辺は、火の山・富士の遺産が多い。

 世界遺産の構成資産、船津胎内樹型は、富士の噴火で流れ出した高温の溶岩が、大木を取り囲んで固まり、樹の形が残った天然記念物である。総延長約70メートルで、這って中に入ると、側壁はまるで肋骨のような形状。富士の女神、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の分娩の洞穴ともされ、富士信仰の地だった。

 貞観大噴火の翌865年、富士の鎮火祭を行ったと伝えられる河口湖浅間神社も構成資産で、樹齢千年を超えるご神木、七本杉に囲まれている。

 23日夜、世界遺産決定を祝って神社で「稚児の舞」が奉納された。火を鎮めた祭神のご苦労を慰まるため、穢れを知らぬ娘たちが舞う伝統行事である。その後、町民500人は河口湖畔までの約1.5キロを提灯行列し、子供を中心に唱歌「富士山」を斉唱した。湖畔から、晴れならば影が見える富士は、やはり雲に隠れていた。湖面に響く「富士は日本一の山」の歌声が、実に頼もしかった。

(稚児の舞)
煌びやかな衣装で舞う稚児の舞

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このページは、宝徳 健が2013年7月16日 05:45に書いたブログ記事です。

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