論點をすりかへるな(皇紀弍千六百七十五年七月十五日)

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 先日、小浜のクライアントの近くのミニストップでお昼ご飯を買いました。ふと新聞コーナーを見ると、産經新聞があるではありませんか!!!!!!!

 やつた!!! 小浜で産經新聞が賈へるところを見つけました。私がコンビニに行く第一目的は新聞購入です。

 ところで、いじめ問題が連日メディアで報道されてゐます。
 なんか、學校が一番の惡者だといふ報道になつてゐます。

 一番惡ひのは、いじめる奴らです。ここにスポットが全く當つてゐません。子供とは、殘酷ないきものです。後先を考へる判断斷基準がまだないので、とことんやつてしまひます。私の經驗からいふと、いじめた方は罪の意識はないでせう。だから、いじめはダメなんだといふことを敎へ、結果に對しては責任を取らせることが求められます。それを左翼や人權派やメディアが「かはいさう」といひます。加害者にも人權があるのだと。バカな話です。學校よりも、いじめた本人たちを徹底的に追求しなきや。

 次に惡いのは本人です。いじめぐらいに負けるなよ。まあ、髙校生ぐらいまでは、つらいことがあると、それが一生續くやうな錯覺にとらはれることはわかりますが、それでも死ぬなよ。いやなら學校にいかなければいい。今の我が國の學校など、たいしたことはありません。通信の髙校もあるし大檢だつてあります。かつての我が國の、勉強の場は家庭だつたのです。そして、それが民間敎育にかはつていきました。

 私は、特殊な分野を除いて、官立敎育には反對です。明治から官立敎育になり、そこで育つた官僚がちが、我が國を潰しました。江戸時代の民間敎育で育つた、天才外交官 石井菊次郎と官僚敎育で育つた、あのふにゃふにゃな幣原喜重郎をみていただければわかると思ひます。

 官僚敎育には限界があります。そして、權威だけがはびこり、自由な學風がなくなります。今の東大など、その最たるものです。

 話を戻します。事情は痛いほどわかります。私も轉校生だつたので、轉校した先の學校では、自分の存在理由を確立するには大變な努力を要しました。特に、不良校に轉校したときなど、最初は、いじめにいじめられます。それが、あの北九州という土地柄ならなおさらです。

 でも、死ぬなよ。喧嘩の仕方を覺へなきや。毆り合ひだけが喧嘩ではありません。ぎりぎりの交渉術、相手との間合い、負けたふりをしてからの反撃・・・、すべて社會に出てから必要なものです。仕事とは、あるときは喧嘩のやうに、あるときは戀をするやうにやります。それができない知識だけ優秀な人間が多すぎます。

 今、喧嘩ができない男の子が多い(社會人も)。「みんなで一緒に」「かはいさう」という敎育を私たち大人が、左翼とメディアの耳に心地よい言葉に騙されて、行つてしまひ、さうなつてしまひました。

 「いじめ」=「死」といふのも潜在意識で(深層心理で)定着化してゐることも情けない。死ぬなよ。

 そして、親。子供がそう思つてゐるなら、私なら、子供と一緒に旅でもして暮らします。そして、自ら敎育します。危機にどう對應し、危機をどう囘避するかを敎へるのも親の子に對する敎育です(前向きなリスクマネジメントです)。そして、人生をどう樂しむかを敎へるのも親の務めです。

 學校は、いじめの行司役でしかありません。なんかおかしいな~。言つてゐることが間違つてゐますかね~??? メディアが追求するものが何かおかしい。メディアとそれに騙される臣民が我が國と我が國の寳である子供をだめにしてゐます。

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このページは、宝徳 健が2015年7月15日 05:27に書いたブログ記事です。

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