笑ひの強制(皇紀弐千六百七十五年八月二十三日 弐)

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 TVは、頭がおかしくなりさうなのであまり観ません。でも、家に居るときは、家族が付けてゐるので、つい観てしまひます。
 時々、お笑い番組やバラエティを観ます。その番組の中で、お笑いタレントが、自分で言つたことで、自分で笑つてゐます。

 私の頭の中は「???????」です。何が面白いのかさつぱりわかりません。

 自称プロ(私は彼らをプロとは思はない)が、自分で言つて自分で笑つてゐる。つまり、観ている人に「おい、お前ら、プロの俺たちがおかしいんだだから、お前らも笑へよ」といふ笑ひの強制です。

 でも、面白くない。一體、どうなつてゐるのでせうか?

 古典落語は、話のストーリーがすべて豫めわかつてゐます。でも、聽いてゐてとても面白い。何囘聽いても面白い。

 演じる落語家によつても面白さが違ひます。笑ひの強制など彼らは絶對にしません。

 なんとまあ、今のTVは、レベルが低くなつたものです。

 まあ、新聞も含め、メディア全體のレベルには目も當てられませんが。

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このページは、宝徳 健が2015年8月23日 04:32に書いたブログ記事です。

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