医療機關に物申す(皇紀弐千六百七十五年十月二十八日 弐)

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 命を救つていただいた、醫療關係者 特にお醫者方に恩返しをします。

 人の命を救ふといふ崇高な仕事をしていらつしやいますが、實際の價値とその評価があまりにもかけ離れてゐます。つまり、髙く評價されすぎてゐます。ひとつ前の記事のハロー効果ではありませんが、醫師・辯護士といふのは、何か、人格も含めてすべて素晴らしいと誤解されがちです。

 お斷りしておきますが、すべての醫療關係者ではありません。枕詞に「多くの」つきます。また、命を救つていただいたの方々に唾する行爲のやうに思はれるかもしれませんが、決してさうではありません。

 歴史を見ても髙く評價されすぎる仕事は、年月を積み重ねると必ず破綻するからです。また、是非、「優秀さ」だけではなく「德を積む」といふ觀點をお持ちいただきたいなと思ふからです。恩返しですね。
 通常の小売業やサービス業だと、その事業を檢證しにいくのに、「客」としていくことができます。

 でも、醫療は、病氣にならないと患者としていくことができません。今囘の入院は、醫療といふ事業(?)を知るのにはとても良い經驗となりました。

 今日の物申すは、まず「日本語を正しく使はう」です。

 入院期間中、一番多く聞いたのが、

「全然大丈夫です」

です。「全然」といふ表現は、次に「否定形」がきます。だから、これは完全に過つた使ひ方となります。二週間の入院の中で、何度この言葉を聞いたでせうか。

 「まつたく大丈夫です」と使ひます。

 心臓の手術をして、麻酔が覺めて、まだ意識が朦朧としてゐるときに、醫師が看護婦さんに「宝徳さんの樣子はどう?」と聞きました。看護婦さんが「全然・・・」から言葉を發しました。

 意識が朦朧としてゐる私は「えっ、『全然?』」と思ひます。次に否定形が來るのが當たり前と思つてゐる私は、「全然ダメです」を予測します。「手術はダメだったのかなあ?」と思ひます。

 でも次の瞬間「全然、大丈夫です」です(笑)。

 この意識の落差は、高血糖値と低血糖値の激しい上下が、血管や心臓を傷つけるより、ひどいものではないでせうか?

 特に心臓病の手術をした私には、よくありません(笑)。 

 次に、「寳德さん、これ、よく、見れますか?」などの「ら」抜き言葉です。

 一瞬、何を聞かれたかがわかりません。

 オリンピックのサッカーで、選手がインタビューの時に「點を入れれてよかつたです」と話た時は、腰が抜けさうになりました。おいおい。

 「ら」抜き言葉を使う目安は、命令形にしてみることです。例へば「歸る」です。「歸れ」といふ命令形は正しいですよね。だから「歸れる」は正しい表現となります。「見る」は命令形でも「見れ」とは云ひません(九州では云ひますが・・・)。だから「見れる」は間違つた表現となります。

 この「ら」抜き言葉は、あの語尾を上げながら話すのと双璧の、醜い日本語の使ひ方です。聞いてゐると耳をふさぎたくなります。

 病院には、當然のごとく、病人がゐます。心を病ませる、間違つた日本語を改めて欲しいなあ、と入院中、ずつと思つてゐました。これが、「医療機關に物申す」のスタートです。

うるはしき 言霊はしる 我が國の 言の葉使ひ 氣持ち合はせる

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このページは、宝徳 健が2015年10月28日 06:56に書いたブログ記事です。

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