金融情勢を讀む 番外編 支那のあせり(皇紀弐千六百七十六年一月三十日)

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 書きたいことがたくさん。心神・・・、すごいですね。第六世代戰闘機開発で我が日本が世界をリードしました。F15イーグルやF16トムキャットなどが第四世代戰闘機です。ステルスを中心とした戰闘機、世界最強のF22ラプターやF35ライトニングエースなどが第五世代です。第四世代と第五世代の間には、プロペラ機とジェット機ぐらいの差があるそうです。そして、第六世代。心神(富士山の別名)は、三菱重工で作られました。IHIの技術と共に。そして、我が國の得意技 世界最高の素材技術や中小零細企業の技術も含めて。我が國の粋を結集して。

 零戰(ゼロ戰ではありませんレイ戰です)。隼、紫電改などなど、信じられないぐらい優秀な我が國の戰闘機開発が復活しました。
 なんと美しい。

 敗戰後、あの不埒なアメリカは、我が國の航空技術を恐れて飛行機の開発には一切手を付けさせませんでした。中曽根内閣時代に世界最強の戰闘機を作ろうとする話を潰しました。
 アメリカの属國でしかなかつたのです。敗戰後ずつと。それが、安倍政權になつて、どんどん對等になりはじめてゐます。

 はつきり申し上げて、輕減税率が話し合われて、消費税が導入されることが既定路線になつたときに安倍政權の終焉が見えてきたかと思いました。これまで、このブログで、國際金融では我が國は獨り勝ちだと申し上げてきました。事實です。しかし、その好調さとそれを背景とした今後の展開を、一氣に叩きつぶすものが消費税増税なのです(メディアは消費増税と言つてゐますが表現の誤りです)。經濟が低迷すればまだ囘復しいれない景氣を抱える安倍政權は危うかつたのです。

 この安倍政權が求心力低下していくことが現實的な中で、支那共産黨は、ただ待てばよかつたのです(我が國を潰したければ)。孫氏の兵法の國が下手を打つたものです。それが、支那經濟がかなりやばく、支那共産黨はあせりました。年明け早々に閣僚スキャンダルを仕掛け始めました。甘利さんは、かわいそうなぐらいへたくそだつたのですが、それ以外の閣僚も含めて、野黨があまりにもだらしないので、支那の工作は政權に打撃を與へるまでにはいきませんでした。支那の離間の計しっぱ~~い。

 これは私の息子の意見です。「むしろ輕減税率後深まった官邸・公明党同盟によって創価学会がフル稼働し、沖縄で久々の(選挙)勝利。そして息を吹き返したタイミングで甘利大臣を辞任させ、追加緩和に至った」。

 それに加へて、日米連携の凄さですね。安倍さん復活以來のセキュリティダイヤモンド構想による安全保障、特定秘密保護法案成立、国家安全保障局の設立、安全保障法案の設立、防衛費の増額、武器の開発により我が國の(官邸)外交力は飛躍的に向上してゐます。
 
 日米同盟もかつてないほどに強固になつてゐます。

 そして經濟でも。アメリカが必要のない利上げをしました。支那の資金が一斉にアメリカに流れ込みます。支那は、ますます資金不足に陥ります。

 普通そうなると元は安くなるのですが、そこに我が國の金融緩和です。今、世界は我が國の金を欲しくて仕方がないので、金融緩和は必要ないのですが(國際金融バランスからみれば)、支那の不安定要素もあり、國内景氣にも配慮して、そして國家安全保障、つまり、支那を叩き潰すために今囘の緩和に踏み切りました。元髙に動きます。支那は身動きがとれません。鎖國でもするのかしら。でも、そうしてしまふと元のSDR化がなくなります。

 何もかもが絶妙のタイミングです。安倍さんの政治腦は筋肉で出来てゐるのでせうか(笑)。

 メディアはここまで書きませんよね? 世界全體を見わたす力がないから。ただ景氣の観點からしか書いていませんし、報道しません。メディアとは一體・・・。

 ひっさびさに愉快でした。支那のあせりが我が國を救ひました。あぶねえ、あぶねえ。

 それにしても、日銀政策決定會合で、今囘の金融緩和は、賛成5、反對4でした。まだ、民主黨時代に選ばれた スパイ委員がゐます。彼らは我が國を潰すために送り込まれたのですが、この3月に任期がきます。これをきちんとした人間に代えられるかどうかが、次の安倍さんの試金石です。求心力が保たれれば、可能ですが、一寸先は闇の政治に翻弄されると、ダメになります。ああ、綱渡りですね~。みなさん、しっかりと眞實を見極めませうね。

 おっと、出掛ける時間だ。殘りのブログはあとで。

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このページは、宝徳 健が2016年1月30日 06:19に書いたブログ記事です。

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