紀元節(皇紀弐千六百七十六年二月十一日)

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 今日は、紀元節です。建國記念日などといふ、へんちくりんな名前ではありません。

 日向の國を出發した、カムヤマトイハレビコノミコト(神武天皇のこと)は、幾多の苦難を乘り切り、紀元前六百六十年二月十一日に橿原で我が國を統治する政務に就かれました。シラスといふ國體を元に。

 古事記は、ただの神話ではありません。
 古事記は、我が國祖先の私たちに對する遺言です。私たちが今、生きるヒントにあふれてゐます。私はこれは史實だと思つてゐます。讀み返してゐると、「なるほど、この頃に支那に漢が出來たから大國主命は、一度、軍備を整えるために素戔嗚尊のところに行つたんだなあ」「なるほど、あかいだきとはさういふことか」などなど、気持ちがよくなります。すっきりします。

 また男女区別がはつきりとしめされてゐます。男女差別がなかつた國は我が國ぐらいでせう。伊弉冉('いざなみ)と伊弉諾(いざなぎ)の「アナニヨシエオトコ」「アナニヨシエオトメ」は、男女は軆體の構造上の違ひだけだといふことを示してゐます。

 海彦をトヨタマビメの出産の事は、男は女の出産には立ち寄つてはいけないことを示してゐます。現在、なんと愚かな男の出産の立ち合いが増えていることでせうか。

 古事記を讀まない人は、國籍だけが日本人です。

 みんなで祝いませう。この奇跡の我が國を。世界で唯一神話の時代から歴史が連續してゐる我が日本を。

皇紀弐千六百七十六年 おめでたうございます。

君が代の 幾久しくと 國始め 風は吹けども 山は動かず

わだつみの かざしにさせる 白妙も 波もてあぐる 國の始まり




一 雲に聳ゆる 高千穂の。
  高根おろしに 草も木も。
  なびきふしけん 大御世(おほみよ)を。
  あふぐ今日こそ たのしけれ。
二 海原なせる 埴安(はにやす)の。
  池のおもより 猶ひろき。
  めぐみの波に 浴(あ)みし世を。
  あふぐけふこそ たのしけれ。
三 天津(あまつ)ひつぎの 高みくら。
  千代よろづよに 動きなき。
  もとゐ定めし そのかみを。
  仰ぐけふこそ たのしけれ。
四 空にかがやく 日のもとの。
  万(よろづ)の国に たぐひなき。
  国のみはしら たてし世を。
  あふぐけふこそ たのしけれ。


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このページは、宝徳 健が2016年2月11日 06:41に書いたブログ記事です。

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