二月の言葉(ことのは)(皇紀弐千六百七十六年二月十六日 弐)

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降り積もる 深雪(みゆき)に耐へて 色変えぬ 松ぞ雄々しき ひともかくあれ

 昭和天皇の御製です。臣民を「おほみたから」とし、自らよりも大切な寳物とされてきた歴代の天皇陛下は、常に、臣民の事に思ひをはせられてゐました。ありがたいことです。だから世界で唯一の奇跡の國ができました。

 松。松葉色といふ言葉がありますね。寒さの厳しい冬になつても葉が落ちない常緑樹である松は、古くから長寿と不変を象徴する縁起物とされてきました。その葉の深く澁い緑を「松葉色」と言ひます。

 豐かとしか表現のしやうのない我が日本語。この記事を書いてゐても、心がホッとします。

東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
 云はずとしれた菅原道真の歌です。最近の本は、この、「春な忘れそ」を「春を忘るな」と愚かな表現に変えてしまひます。

 文化文明に唾する愚かな行爲です。最近、三島由紀夫の作品を讀み返してゐますが、現代仮名遣いと今の漢字に変更されてゐるものばかりで、本來の三島作品を見つけるのに四苦八苦です。

 現代の間違えた言葉に置き換えてしまふと、三島の作品ではなくなつてしまひます。三島が云はうとしてゐることが傳はつてきません。こういうのを愚か者と云ひます。

 道真の歌に戻ります。髙校時代、初めてこの歌に接したときに、なんといふ豐かな歌なんだらうと、感激しました。和歌はいいですね~(私はへたくそですが)。


 奈良地方ではこの東風(こち)を、佐保風とも云ひます。佐保は「奈良」の地名でもあります。そして、その佐保の地を吹き渡る風を佐保風と呼びます。

 佐保は、春をつかさどる「佐保姫」のことです。春は突然やつてきて、いつのまにか冬を追ひはらひます。春の風が吹き出したら、寒さに身を縮めてゐたのが嘘のやうになります。まるで誰かが春を連れてきたやうに。その春を連れてきてくれるのが佐保姫です。

佐保姫の 染めゆく野べは みどり子の 袖もあらはに 若菜つむらし

 和歌の名手、順徳天皇の御製です。「佐保姫が染めてゆく野辺は、幼い娘たちが袖から腕をあらはにして、若菜を摘んでゐるらしい」と、草花をつむ娘たちの春の情景を詠んでゐます。

 五行説では春は東の方角にあたることから、奈良時代、平城京の東に位置する佐保山は春の象徴とされました。そして春をつかさどる神を「佐保姫」と呼ぶよやうになりました。

聖武天皇佐保山南陵


 佐保姫の 糸染めかくる 青柳を 吹きな亂りそ 春の山風
 
 佐保姫はまた染物の神とも云はれました。そんなこんなで佐保姫は春の季語にもなつてゐます。

 「佐保姫が染めて青柳にかけた糸を、風で亂さないでおくれ、春の山風よ」と、糸がもつれると織物をする佐保姫が困るだらうからと詠んでゐます。

 先ほどの道真の歌にもこの「な」「そ」が使はれてゐます。「だめだよ」といふ情緒ある禁止用語です。

 我が國、我が日本語はなんと豐かなのでせうか。日本人に生まれてあ~、よかつた。

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このページは、宝徳 健が2016年2月16日 04:52に書いたブログ記事です。

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