ゼロ以下⑥(皇紀弍千六百七十六年四月二十一日)

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 量的緩和を氣に食はない人達の話しからでしたね。

 1990年代から我が國はデフレが深刻化しました。それが長く續きました。當たり前ですよね、デフレ時にデフレ政策をしたのですから。

 このデフレのために、金融機関が機能不全に陥りました。融資に消極的になり、預かつた預金を國債などの債券で運用しました。特に國債は、円建てで絶對に元本割れしない安全な商品です。デフレが深刻化して景氣が惡化すればするほど、銀行の資金は國債に集まりました。

 それまでは銀行の稼ぎ頭は融資部門でした。債券部に勤務する人々は日陰者でした。

 ところだ長く續くデフレ下で、融資部門は不良債權に苦しみ、債券部は安定的な利益を上げる花形部署になつたのです。

 彼等が、自分の立場を守るためめに、云ひ續たのが、「量的緩和は危險であり、お金を刷り始めたらハイパーインフレになる」です。凡そ、小學生でももっとましなを考へ、面白くないお笑い藝人の話しよりものつとくだらないことを云ひ續けたのです。

 安倍さんの登場は、彼らにつとては悪夢でした。黒田バズーガーの大規模な金融緩和政策は見事に成功し、そして債券村の住民たちの「ハイパーインフレ、國債暴落」はそれ以上に見事にはずれました。國債金利は大幅に低下し、國債價格は上昇しました。

 マイナス金利とは、金利の消滅です。債券村の住人は、とどめを刺されました。マイナス金利とは、「あい、銀行、企業と共にリスクを取り、經濟を立ち上げろ。國債と云ふ池から出ていけ」といふ意味です。債券村の住人は働けば働くほどコストを發生させてしまふお荷物になりました。

 なぜ、あれだけアベノミクスを批判する人がいたか・・・。お分かりいただけましたよね。

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このページは、宝徳 健が2016年4月21日 16:07に書いたブログ記事です。

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