國際金融のトリレンマ(皇紀弍千六百七十六年五月五日)

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 上念司氏の著作によれば、國を人の軆體にたとへると、經濟は肉體、政治は衣服と云ひます。經濟がおかしくなると、人は、餘計な思想に走り政府を轉覆しやうとします。また、経済の規模に應じて政治體制を變化させていく必要があります。

 なのに、大學では、経済學部より法律學部の方が髙い評價を受けます。經濟オンチがそこいら中にはびこります。安倍さんと黒田さんが登場するまでの20年のデフレはどう解説すればいいのか・・・。經濟オンチばかりが政界・經濟界・金融界にいたといふまぎれもない證處です。

 私たちは、人類が歴史上起こしてきた、人氣や勢いだけの愚かなリーダーによる國家破壊を防ぐために賢い臣民になる必要があります。専門的な知識ではなく、賢い臣民になるための、地政學、經濟、國防、敎育などの基本的なことは當然のごとく知つておく必要があります。もちろん歴史も。

 このブログのテーマは「誰が正しいかではなく、何が正しいかの追求」です。これからもさういふ内容をどんどん紹介していきます。この素晴らしい日本を潰さないためにも。學校で習つた歴史はすべてが嘘です。それをきちんと見破るためにも。

 今日は、國際金融のトリレンマを紹介します。
 國際金融のトリレンマとは、固定相場制、金融政策の自由、資本取引の自由のうち2つを選択すると、殘り一つは必然的に達成できないといふものです。これは經濟の掟です。

 今の我が國では、金融政策の自由と資本取引の自由を選択してゐますので、固定相場制はありえません。

 支那はどうでせうか?

 以前、支那は、この三つのうち、為替相場はドルペックですから、棄ててゐました。金融政策で人民元を好きなだけ刷り、資本取引である貿易をガンガンやつてゐました。

 ところがその金融政策がうまくいかなくなりました。貿易は捨てるわけにはいきません。思ひたまらず元の引き下げをやりました。すると、貿易がガタガタになりました。

 デフレギャップにあふれてゐる支那は、自國經濟だけでは成り立ちません。なのでAIIBを提唱したのですが、これも財務省OBが牛耳るIMFに、サンドバック上のたこなぐりにされてしまひました。

 金融政策だけは絶對に棄てることができないので、となれば、為替と貿易を天秤にかけるしかありません。貿易と云つても、もう支那に投資する國もありませんし、支那の製品が國際競争力を持ってゐるとは思へません。為替を自由化する必要があります。そうすると支那經濟は崩壊します。崩壊しそうになると資本取引の自由に制限をかけ始める。トリレンマではなく、為替と貿易のバランスをどうとるか。さて、支那の指導者の腕をじつくりと拝見しませう。

 かういふことを知つてゐると、ニュースを観ても面白いですよ。

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このページは、宝徳 健が2016年5月 5日 12:10に書いたブログ記事です。

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