十七条憲法(皇紀二千六百七十六年六月二十六日 四)

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 第一条:和→第二条:原理原則→第三条:ミッション→第四条:禮(礼)でした。そして、この第五条では、そうであるならば、「役人は私利私欲に走つてはいけない」。それが、我が國の在り方「自然道」であり、そして、國體シラスなんだと敎へてゐます。
 自然の中では、人はすべて平等です。大宇宙、つまり、天は、すべての人に同じ条件を與へます。貧富の差、職業にかかはらず。それを受ける人間が、ゆがめてゐます。逆に、資格もないのに平氣で、生活保護を受ける人間なども、これに逆らつてゐます。

 共同體、國家、企業などをつくると、そこには、上下關係が出來てしまひます。それを自然の秩序に從つて行はうとすれば、それは年齢となります。

 かつて、我が國は、驚異的な經濟成長を成し遂げました。それを頭に來た、歐米は、「エコノミックアニマル」がとか、終身雇用や年功序列を「不平等」「非効率」だとさげすみ、メディアがそれに乘つてしまひ、國民が騙されました。歐米型の成果主義を取り入れ、我が國の企業はガタガタになりました。

 ソニーに出井さんが、三十何人抜きかで、社長に就任した時や、クリントンやブレアが四十數歳で大統領や首相になつたときも、メディアはもてはやしました。

 結果はどうだつたのでせう?ソニーの今は? クリントンは世界大戰を引き起こさうとしましたし、ブレアは、英國の大切な立憲主義を、一部破壊しました。

 聖徳太子は、「大宇宙の法則である自然道に從つてゐればいいんだ」「だけど、人間といふのは必ずその自然道の秩序を亂すものだ」「これをよく承知して政治にあたれ」と説いてゐます。すごいですね。退化させてゐるのは私達です。

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このページは、宝徳 健が2016年6月26日 08:27に書いたブログ記事です。

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