十七条憲法(皇紀弐千六百七十六年六月三十日 參)

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 すみません。三日間、ブログが書けないかもしれません。いつも持ち運んでゐるパソコンの損傷が激しく、これ以上持ち運ぶのは心が痛みます。息子の家にも行くので、もしかしたら息子のパソコンを借りて書くかもしれませんが・・・・。今、各意欲が湧いてきてゐます。これなら士魂商才も復活できさうです。

 あっ、さうだ。體重が、76kg台になつてきました。半年遅いですが。冬までに72kgにします。もて期になるかも~(笑)。

 おっと、餘計なことばかり・・・。

 十七条憲法を改めてかうして書いてゐると、なんとまあ、素晴らしい内容であることを再認識できます
日本人として、これさへ守つて置けばよいといふことばかり。まさにネガティブリストですね。
 君臣の關係が、この天地の秩序にかなつたものであること、君も役割、臣も役割、農民も役割、仕事によつて分け隔てなく、それぞれの役割を全うすることが自然道として當然だと説いてゐます。まさに、共同體使命型社會です。

 歐州では中世でも、女性や身分の低いものが詩や歌を作らうものなら殺されてゐました。我が國の万葉集は、天皇から庶民まで詠んでゐます。清少納言や紫式部は女性ですが小説や随筆を書いてゐます。素晴らしい母國を誇りに思ひます。

 しかし、忘れてはならないのは、大宇宙の法則に和していく自然道に、すぐに反するのは、人間だと云ふことです。國でも社會でも組織でも、これらのことが忘れ去られたときに崩壊していきます。

 つまりリーダーとは、このことを組織において維持できる人なのです。出光佐三店主は、いつもいつもそれを仰ってゐました。これについては次囘書きます。

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このページは、宝徳 健が2016年6月30日 08:22に書いたブログ記事です。

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