源氏物語 27(皇紀弐千六百七十六年九月二十三日)

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 自分のディフェンス力の弱さから、イレギュラーなことが生じると、バタバタしてしまひます。情けない。

 仕事が溜まりに溜まってゐます。ひーーー。仕事の息抜きにブログを書きます。

 久しぶりの源氏物語。夕霧が亡くなつたところまででした。

 夕霧が亡くなつたショックで、光源氏は寝込んでしまひます。
 京都の北山に偉い坊さんがいて、この坊さんの祷禱がとてもよく聞くといふことで、光源氏は従者をつれて、その坊さんのいる寺を訪ねました。祷つてもらつているあいまにふと外に出てみると、(寺は山の上にあつたので)眼下に見える宿坊で、女ここたちが水を汲んだり花を折ったりしてゐるのが、目に止まりました。

光「(おんなが住んでゐるのか)」

 さらに奥の山へ登つて京のはうを眺めると繪のやうに美しい風景が廣がつてゐるではありませんか。従者たちが「都を離れて海や山を眺めると、もつみごとな風景がありますよ」と光源氏に告げます。

 従者たちは明石の海岸のことを語りだします。そこに住む男のことを・。ある大臣家の末裔で、すごい家を構えてゐるが、今は身をやつ佛門にはいつてゐるとか。

従「その男に一人娘がいて、これがなかなか・・・」
光「ほう、そなに美しいのか?」
従「父親がやたらかはいがつて、そこいらの男に嫁がせたくないやうです。ふさはしい男にめぐりあはなければ、海に身を投じればよいとも」
光「そんな箱入り娘ならいつそ竜宮の王にでも嫁がせればいい」

 この部分、原作でもとても面白いのです。光源氏が流されたといふか自ら身を引いて、須磨・明石に行きます。十二帖あたりでせうか。その伏線です。紫式部は、この伏線がたまらなく上手です。

 まあ、話を戻して、この寺の散策の後、光源氏は、上からみた宿坊に近づき、垣根の隙間から覗いてみました。讀經に励む尼の姿も上品で素敵なのですが、その中に混じってあらはれた女の子に、光源氏の胸がときめきます。滅法美しいのです。

 さう、源氏物語は、第五帖 若紫に入ります。

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このページは、宝徳 健が2016年9月23日 21:41に書いたブログ記事です。

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