天満月(皇紀弐千六百七十六年九月二十八日 弐)

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 季節の素敵な言葉を時々紹介してゐます。

 我が國は、「言霊の幸う國(ことだまのさきはふくに)」です。きれいな言葉を使ひあふので、みんなが自然と幸せになるという意味です。

 昨日、TJさんの車のTVを觀てゐました。結構好きな、綾瀬はるかさんが「○○を見れます」と・・・・。

 脱力感。あなたもか~。千年の戀も一氣に冷めます(別に、綾瀬はるかのことではありません:笑)。

 お願いだから言葉は正しく使ひませう。

 「觀戰いただきたい」。偉い人がよく使ひますよね。これも間違い。「ご觀戰いただきたい」か「觀戰していただきたい」です。言葉の亂れは國の亂れです。小學校から英語の授業をなど、國家破壊にもつながる行為を叫ばずに、國語を徹底的に學びませう。

 藤原正彦先生の「祖国とは国語」を讀んでください。

 前置きが長くなりすぎました。今日の言葉「天満月」です。なんて讀むでしょ(笑)。
 「あまみつづき」です。響きの美しさにホットしますね。

 もちろん満月のことです。秋は、月のシーズンと言つても差し支へないでせう。和歌でも、月が題材になつたものがたくさんあります。

今来むと いひしばかりに 長月の 有明の夜を 待ちいづるかな:左京太夫顕輔)

廻り逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな:紫式部

秋風に たなびく雲の たへ間より もれいづる月の かげのさやけさ:左京太夫顕輔

なんてきれいな歌なんでせう

天の海に 雲の波たち 月の舟  星の林に こぎ隠れみゆ:柿本人麻呂

心にも あれでうき世に ながらへば 戀しかるべき 夜半の月かな:三条院

なげけとて 月やは物を 思はする かこち顔なる 我が涙かな:西行法師

 和歌は、私たちの祖先が遺してくれた最高の贈り物なのに、私たちは詠むこともしません。詠む意志もありません。残念なことです。

 さて、天満月。電氣がなかつた昔、闇を照らす月は、今よりうんと明るかつたのでせうね。天から満ち溢れてくるお月様。天満月とは、本當に素敵な言葉です。

「窓越しに満月を眺めながら、手紙を書き終へました。煌々と輝く天満月の光も同封しておきますね」なんて手紙に書いたら素敵ですね。
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このページは、宝徳 健が2016年9月28日 08:29に書いたブログ記事です。

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