國體講義(皇紀弐千六百七十六年八月九日)

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 ビデオメッセージではありません。言葉を正しく使ひませう。

玉音放送 

です。

 昨日の陛下のお言葉を受けて、今日の主要紙を全紙讀みました。まるでわかつてゐません。憲法あつての國家ではありません。國家あつての憲法です。いえ、國體あつての憲法です。この問題を、おバカな國會などで議論されてはたまりません。

 まずは、賢い臣民になるために、しつかりと國體を知りませう。今日は三大神勅です。

 三大神勅とは、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと:天照大御神の孫)が、降臨(地上に降りて我が国を統治する)とき、天照大御神が三つの指令を瓊瓊杵尊に與へます。それが三大神勅です。

天壌無窮の神勅(てんじょうむきゅうのしんちょく:我が子孫が日本の統治者であり、清く正しい統治をする限りそれは永遠に續く)

斎庭の稻穂の神勅(ゆにわのいなほのしんちょく:天照大御神は瓊瓊杵尊に稲の種を与え、これで民を養いなさいと命令した。日本は稲作國家である)

宝鏡奉斎の神勅(ほうきょうほうさいのしんちょく:天照大御神は瓊瓊杵尊に鏡を与え、これを私と思つていつも自分を映し出して自己を反省せよと命令した)

 敗戰前の我が國臣民なら小學生でも當たり前のやうに知つてゐる話です。今は、知つてゐる人が少ない。三大神勅も知らず、今囘の陛下のお言葉について語ることなどできません。

 メディアよ、恥を知れ。

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このページは、宝徳 健が2016年8月 9日 09:41に書いたブログ記事です。

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