フランス革命と保守(皇紀弐千六百七十六年九月十日 弐)

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  あの倉山満をして「この本を讀まずして保守を語るな」と言はしめる本「フランス大革命に抗して シャトーブリアンとロマン主義 伊東冬美著」を解説してゐ ます。今でも、多くのフランス人が、あの革命を心から悔やんでゐます。なのに、我が國は、「國民主權」といふ愚かな概念を賛辞します。

 ルイ十六世の弟 アルトワ伯爵は、スイスのあと、イタリアのトリノに滞在しました。
 そして、兄 ルイ十六世を救ふために、貴族軍の組織化の準備をします。

 貴族軍を組織するのには何と言っても軍資金が必要になります。でも、命からがらフランスを脱出したアルトワ伯爵は、わずかなお金しかもってゐません。

 他の國の援助も期待できません。ほとんどの列強はフランス革命に興味を持たなかつたのです。

 アルトワ伯爵は、ロンドンに亡命したいた元財務総監 カロンヌ伯爵と連絡を取り合い軍資金を得る道を探しました。とても裕福な女性を結婚した板ことと、財務総監時代の經驗および人間關係を活用できたことから、カロンヌ伯爵ははんとか軍資金を都合します。

 しかし、トリノとロンドンの交信がうまくいかなず、カロンヌ伯爵が軍資金を用意できたときには約一年の月日が流れてゐました。

 軍資金が用意できるまでの一年間、アルトワ伯爵は、コンデ將軍を参謀にして、トリノで貴族軍組織の準備を進めました。

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このページは、宝徳 健が2016年9月10日 02:00に書いたブログ記事です。

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