源氏物語 42(皇紀弐千六百七十六年十二月二十三日 弐)

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 前囘は、紫式部がこれまで源氏物語に登場させた女性たちを、三つのカテゴリーで整理してみました。おそらく、この整理の仕方は、今まで誰もしなかつたと思ひます(エッヘン。<(`^´)>)。

 さて、藤壺が、玉のやうに美しい子を産みます。光源氏の子供です。純愛と罪惡感の絡み合いです。
 これは、藤壺にはじまつたことではありません。葵の上。光源氏の正妻です。美しく、趣も深く、葵の上の父である左大臣は光源氏をとても大切にします。さらに、帝の子とは云へ、政治的後ろ盾もない、光源氏の最大のバックアップ者です。

 葵の上は、「二条院(光源氏の住まい)に女を囲つて溺愛してゐるんぢやあないの」と強く反發します。

 第七帖の「紅葉賀」は、光源氏がどれほど美しく、雅であるか、どれほど多くの人から愛されてゐるかを餘すところなく描いてはゐますが、反面、光源氏とそれを取り巻く女たちの煩悶を對比させてゐます。

 だから第二帖と第七帖の意味、そして、女性のカテゴリーわけがわかると源氏物語の理解は急速に進みます。 

 紫式部とは憎い人です。もし、現代に生きてゐたら、私は、絶對に戀に落ちるでせう。

 第二帖の雨夜の品定め、そして、この第七帖の紅葉賀で、節目節目を創り、讀者を、源氏物語の中に誘ひこんでゐます。

 さあ、藤壺が子供を産んだことで、宮中に嵐が吹き荒れます。特に、弘徽殿女御などはたーいへん。「いい氣になつて!呪つてやるわ!」と。

 あの優しい藤壺も「さういふことなら、おちおち死んでなんかいられないは」。母は強し。つづく

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このページは、宝徳 健が2016年12月23日 05:17に書いたブログ記事です。

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