フリードリッヒ二世(皇紀弐千六百七十六年十二月三日)

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 フリードリッヒ二世は、「最初の近代人」と呼ばれることもある合理主義者でした。なので「結果のためには手段を択ばない」と實践しました。
 1228年の十字軍において、フリードリッヒ二世は、アイユーブ朝の第五代スルタンであるアル・科ミールとの交渉で、聖地エルサレムの返還を實現します。つまり、戰はずして目的を達成しました。

 私たち日本人の感覺では、これは「素晴らしい」偉業ですよね。

 ところが、カトリック教會主義は、違ふのです。

 グレゴリウス九世は、「目的のためには手段を選べ」「なぜ、異教徒を殺してこなかつたのだ」と。カトリック教會主義は「異教徒は殺さなくてはならない」のです。つまり、無血の聖地奪還には何の意味もない、イスラム教徒を皆殺しにしろ!

 歐州暗黑の時代 宗教戰爭が長く續いたのは、この「異教徒は殺さなくてはならない」が原因です。宗教戰爭の最後のころ、オランダかどこかの女王か誰かが「異教徒も殺さなくていいことにしよう」と訴へました。

 恐ろしいですね~。

 話を戻しますが、グレゴリウス九世は、フリードリッヒ二世の皇帝の座をはく奪した上に、なんと、フリードリッヒ二世に十字軍を差し向けます。グレゴリウス九世とフリードリッヒ二世は、二十年に及ぶ殺し合いに突入するのです。

 たくさんの日本人が憧れてゐる、歐州の實態です。日本のやくざの仁義なき戰ひがかわいく見えます。

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このページは、宝徳 健が2016年12月 3日 09:39に書いたブログ記事です。

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