日と節の違ひ(皇紀弐千六百七十七年四月二十六日 弐)

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 なんか、教育勅語で私が毎朝讀むたびに感動で震える「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ」のところが、「天皇のために死ね」と解釈され、これがあるから駄目なんだといふ議論が横行してゐます。

 天壌無窮を全く理解していない愚か者の集まりです。

 同じ「皇」でも、今上天皇陛下のことの場合「すめらみこと」と云ひます。皇祖皇宗以來、ずつと續いてゐる、君臣一體となつた、人間社會の奇跡である「シラス」といふ國體を指すときは、皇は「すめらぎ」と讀みます。

 つまり、有史以來連綿とと續いてきた(天壌無窮)この素晴らしい國體が「すめらぎ」です。君が代も同じ意味です。

 天皇誕生「日」といふと、「すめらみこと」の誕生日をお祝ひすることですが、天長節といふと、「皇祖皇宗以來の天壌無窮の節目を祝ふ」になります。意味が全く違ひます。

 日と節の違ひがわからないと、我が國を正確に學習することはできません。

 紀元節しかり。建國記念日ではありません。文化の日ではありません。明治節です。昭和の日ではありません。昭和節です。

 だから、敗戰前は、みんなで、天壌無窮の節を祝ふ「祭日」がありました。今の我が國に、祭日はありません。祝日です。GHQ(進駐軍ではない占領軍)が、すめらぎと臣民を切り離したのです。

もうそろそろ目を覺ましませんか?

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このページは、宝徳 健が2017年4月26日 15:08に書いたブログ記事です。

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