源氏物語 46(皇紀弐千六百七十七年一月廿五日)

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  さあ、源氏物語は第八帖 「花宴(はなのえん)」に入ります。この帖はとても短い。 

おほかたに 花の姿を みましかば 露も心の おかれましやは

 藤壺が、第八帖 「花宴」で。光源氏のりりしい姿を觀て思はず詠んでしまつた歌です。
 花宴では、帝が桜の宴を催すところから始まります。左近の櫻。今でもありますね。京都御所に。
「左近の櫻 写真」の画像検索結果
 向かつて左が右近の橘です。

 この左近の櫻を眺めて絢爛豪華な催しが開かれます。帝はもちろん、藤壺、東宮、弘徽殿女御、左大臣、右大臣・・・・・そうそうたるメンバーです。

 弘徽殿女御は、自分の立場が藤壺より下であることが面白くありませんが、まあ、これだけの催しです。出席しないわけにはいきません。

 弘徽殿女御はさんざんですね(笑)。紫式部のしかけによつて、藤壺を浮き上がらせる惡役としての役割を押し付けられてゐます。

 この宴をプロデュースしたのが光源氏です。左大臣から絶賛を受けてゐます。

 それ加えて、光源氏は、催しに姿をあらはしただけで、みんなが息をのみます。その美しさに。帝から「春」の字をいただいて、みごとな漢詩も創ります。舞も見事です。

 そんな光源氏の姿を観て詠まれたのが、先ほどの藤壺の歌です。




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このページは、宝徳 健が2017年1月25日 03:18に書いたブログ記事です。

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