源氏物語 61(皇紀弐千六百七十七年五月十五日 弐)

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 若紫に夜の營みを拒絶された光源氏です。そんな時でもプレイボーイぶりはかはりません。朧月夜(おぼろづきよ)と六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)のことが氣にかかつてしかたがありません。

 朧月夜は、右大臣の娘です。光源氏の勢力のライバルです。怖い怖い弘徽殿大后(こきでんのおおきさき)の妹です。朱雀帝っへの入内(じゅだい)がうわさされてゐます。
 まあ、それでも右大臣は、男です。のんびりしたものです。「源氏の君は、葵の上を亡くされて、うちの娘を氣にいつてくれてゐるようだから、正妻ならそれでもいいか」

 でも、弘徽殿大后は許しません。「源氏なんてとんでもない。絶對に朱雀帝のところ!」

 「入内されたらもうだめだな。ま、いいか。今度は、若紫ひとりでいくか」。と光源氏。ほんまかいな。

 六条御息所については「すばらしい人だが、妻にしたら情念がありすぎて厄介かなあ。これまでと同じやうに、輕くつきあつてくれるのでいいんだけどなあ」

 さて、新年になりました。光源氏は、桐壺帝(上皇?)、朱雀帝、東宮(皇太子)に參賀し、それから左大臣家に向かひました。ここには葵の上が遺したわが子がゐます。だんだん大きくなります。東宮にそつくりです。

 それはさうでせう。東宮は、桐壺帝と藤壺の子となつてゐますが、實は、光源氏と藤壺の子なのですから。でも、光源氏は狼狽します。

 さて、源氏物語は第十帖に入ります。ちなみに全部で五十四帖です。

 そして、またまたちなみに。源氏物語に出てくる和歌は、795首。「なくこもだまる」と覺へませう。 つづく

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このページは、宝徳 健が2017年5月15日 01:13に書いたブログ記事です。

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