源氏物語 62(皇紀弐千六百七十七年五月二十二日 五)

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 これを書けばあと▲25です。

 物語は第十帖に入ります。タイトルは「賢木(さかき)」です。

 まずはもうおなじみの六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)です。くれも繰り返しますが、六条御息所は、桐壺帝の弟がまだ東宮であつたころ入内して娘をまうけ、皇后になつたかもしれない人なのです。

 出自は申し分ありません。教養も、器量も、たしなみも。どれも優れていて文句のつけようがありません。

 でも、東宮が早世して寡婦となりました。
 そして、光源氏とラブラブになつたのです。

 でも、光源氏は、これまた百點満點の藤壺を愛してやみません。でも、藤壺は桐壺帝の・・・。その代わりに六条御息所に近づいたふしがあります。なんちゅうやっちゃ。

 六条御息所も特上の相手です。光源氏は入れ込みます。少し疎遠にしても手紙をもらったりすると舞い上がりま。未練をとても捨てきれません。六条御息所も東宮妃にまでなつた女です。だれにも負けないプライドがあります。

 なのに、光源氏はあちらこちらに女を作り、そして、正妻の葵の上がゐます。嫉妬に狂い、生霊となつて葵の上の産褥に忍び込んだりする事件もありました。

 六条御息所の娘、つまり、前東宮の娘が、伊勢神宮の斎宮に就くことにことになりました。これは帝の代理としてやんごとない神社に仕へる役割です。古くは、景行天皇の妹(日本武尊の伯母)もさうでした。でも、若い娘です。つらい。でも、でもでも、斷はるわけにはいきません。

 當時の伊勢は、京都からは遠い。でも、光源氏の思ひを斷ち切るために六条御息所は伊勢に同道しやうとしてゐます。 つづく

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このページは、宝徳 健が2017年5月22日 19:50に書いたブログ記事です。

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