どの本よりわかりやすい南総里見八犬伝 再38(皇紀弐千六百七十七年八月五日 參)

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 左母二郎(さもじろう)が浜路をさらっていったところからでした。
 蟇六(ひきろく)の屋敷の応接間では、婿の陣代がくる時間が近づいたので、亀篠(かめざさ)が花嫁衣裳に着替えさそうと浜路の部屋へ入ってみると、なんと、浜路がいないではありませんか。あちこち探すと、土塀のところに泥足の跡がところどころについています。信乃には額蔵がつけてあるので途中から帰るはずがありません。さては、浜路に横恋慕していた左母二郎の仕業にちがいないと亀篠は考えます。果たして左母二郎の家に行ってみると、案の定もぬけの殻です。

 蟇六と亀篠はさっそく追っ手を出したものの、陣代が来る時間は迫ってきます。

 さて、ここで話は一度がらっと変わります。

 この頃、この地域に不思議な行者が現れました(名前は理解しづらくなるので割愛します)。その修法は、燃える日の中を歩いても、手足が焼けただれず、人の吉凶を占い、病気の祈祷をするというものです。その行者が言いました。「来る六日、午後七時、日没の時に、円塚山のふもとで、その修法を見せるので、信心ある者は、一束の柴を持ってくるがよい」と。

 さて、この行者の話が、今までの流れとどう関係してくるのでしょうか。お楽しみに。

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このページは、宝徳 健が2017年8月 7日 05:59に書いたブログ記事です。

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