源氏物語 66(皇紀弐千六百七十七年八月八日 六)

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この世をば わが世とぞ思ふ  望月の  かけたることも なしと思へば

 云はずと知れた藤原道長の歌です。源氏物語が書かれた當時、權勢を極めました。この藤原道長を皮肉ったのが源氏物語とも云はれてゐます。

 さて、桐壺院がお隠れ遊ばしてから、宮中の勢力図ががらりと變はりました。

 光源氏の友であり、左大臣の息子である三位中將(さんみのちゅうじょう かつての頭中將 とうじょちゅうじょう)も同僚です。彼の奥さんは、右大臣の娘なんですが、仲があまりよくありません。

 光源氏も左大臣派です。左大臣は、桐壺院の信頼が厚かつたのですが、桐壺院崩御後は、その力も低下します。權力爭ひが嫌になり、左大臣をやめてしまひました。

 こんな危險な状況なのに、光源氏は、藤壺との逢瀬を企みます。

 なんちゅうやっぢゃ。つづく

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このページは、宝徳 健が2017年8月 8日 06:30に書いたブログ記事です。

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