どの本よりわかりやすい南総里見八犬伝 再45(皇紀弐千六百七十七年八月二十八日 四)

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 江戸時代、滝沢馬琴が書いた「南総里見八犬伝」を、どんな市販の本よりも分かりやすく楽しく書いています。なにせ、この小説、膨大な量なんです。このブログに書いている一日分も、三ページ分ぐらいを要約しています。もちろん、みなさんに、日本の素晴らしい文化を楽しみながら感じていただきたいことが目的の第一番目ですが、私の能力開発でもあります。

 人間の基礎力は「要約力、段取り力、コメント力」です。その要約力とコメント力を磨いています。とてもよい訓練になります。

 さて、浜路が死に、道節が逃げ、蟇六と亀篠が殺され、その仇を討った額蔵が捕まったところまででした。では、信乃はいったいどうしているのでしょうか?
 信乃は、額蔵と別れてまもなく、古河の城下に入り宿をとりました。その後、執権(役職名のひとつ。トップを補佐する人)の屋敷に参り、執権と対面しました。亡父犬塚万策の遺訓に従って、その昔の御所の兄君から預かった宝刀村雨丸を持参した胸を伝えました。

 執権はびっくりして、近く城に召し出すから宿でまっているように信乃に命じました。

 安心した信乃は、あくる朝、念のために村雨丸を抜いてみました。が~~~ん。なまくら刀です。村雨丸ではありません。

 あの川の事件のごたごたのときに、左母二郎に摩り替えられたのだと気づきましたが、後の祭りです。

 そうこうしているうちに、お城から「直ちに宝刀を持って登城するように」とのお達しがありました。これは困ったと、執権の屋敷に急いで行きました。執権に事情を話そうとしたのです。でも、おそかりし。執権は登城した後でした。

 さ~てと。どうなることやら。次回のお楽しみです。つづく。

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このページは、宝徳 健が2017年8月28日 11:15に書いたブログ記事です。

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